サンゴボーン理論:AI時代の文章に「生命」を宿すために
事の発端
「死んだサンゴ」。
この比喩を思いついたのは、あるAI生成文を読んだときだった。
文法は完璧。論理も通っている。でも、何かが決定的に欠けている。
構造は美しいのに、でも、生命が抜けている。
それを、「まるでサンゴの骨格のようだ」と思った。
定義
サンゴボーンとは、なんのことはない、「サンゴの骨」のこと。
サンゴ・ボーン(boan)、つまり「電子レンジ」ばりの和製英語である。
で、これは構造としては完璧だが、生命が宿っていないアウトプットを指している。
主にAI生成文に現れる現象で:
- 論理は正しい
- 文章は綺麗
- 情報も揃っている
それなのに:
- 引っかからない
- 記憶に残らない
- 読後に何も残らない
まさに:It's structurally perfect — but nothing lives on it.
——という状態のこと。
たとえば、
Kubernetesの技術概念の説明を例に、
「サンゴボーン状態の文章」と「そうでない文章」を比較観察してみよう。
サンゴボーン(構造だけの説明):
「Kubernetesとは、コンテナオーケストレーションツールです。複数のコンテナを効率的に管理し、スケーリングやデプロイを自動化します」
文法的には完璧。でも頭に入ってこない。ツルツルと滑り、頭の中から消える。
その一方で、
生きた説明(引っかかりのある説明):
「Kubernetesは仲良くなるまでが長いけど一度信頼した相手のことは絶対守ってくれる硬派な不良なんや。最初は『そんなマニフェスト俺は読まん』とか言ってきて気難しいのに、ちゃんと立ち上がると『ノードで障害?安心しろ、俺が立ち上げておく』みたいなこっちゃな。つまりKubernetesは「自動化ツール」じゃなくて「信用関係で動く番長」ってことやねん」
...え?この例え、わかりにくい?w
では、これではどうでしょう:
「外国人に日本食の説明をする時」で例えると、
サンゴボーン(構造だけの説明):
「出汁とは、昆布や鰹節から旨味成分を抽出した調理用の液体です」
正確。でも、"Oh, That's Right. Perfect." で終わる。何も残らない。
生きた説明(引っかかりのある説明):
「出汁って、前に出てこないのに、それがないと料理が全部バラバラになる存在なんだよね。主張しないけど、全体を一つにしてる」
これなら、"Oh, That's essential for Japanese food style!!" となる。
この違いが、サンゴボーンと生きた文章の違い。
なぜ「サンゴ」なのか
サンゴの骨格は炭酸カルシウムでできた精緻な構造で、形は美しい。
でも死ぬと、残るのは白い骨だけ。
そこには:
- 微生物も
- 魚も
- 新しいサンゴも
定着できない。
なぜなら表面がツルツルだから。引っかかりがないのだ。
AI生成文も同じ。
それは構造としては美しいけれど、表面がツルツルで、引っかかりも、余白もない。
他者の思考が入り込めない。生態系が発生しない。
サンゴボーンでOKな分野もあるよ
もちろん、すべてのサンゴボーンが悪いわけではない。
むしろ、下記のような分野ではサンゴボーンが「正義」になるかもしれない。
- 技術ドキュメント
- 手順書
- APIリファレンス
理由は単純だ。こやつらは生命より正確さが大事だから。
「この関数は〇〇を返します」という文章に、引っかかりは要らない。
淡々と情報が伝わればいい。変な個性や癖があると、むしろ邪魔だ。
サンゴボーンでNGな分野はこれだよ
逆に、ここでサンゴボーンになると致命的。
- 技術概念の説明
- エッセイ
- 小説
- オピニオン記事
理由:読者の中に「何か」を残すのが存在意義だから。
サンゴボーンだと、読んだ端から流れて消える。
記憶に残らない。考えさせられることもない。「ふーん」で終わる。
そこで人間の出番
AI時代、人間がやる仕事はこれだ。
① 骨を選ぶ(キュレーション) どのサンゴボーンを使うか決める。
② 息を吹き込む(編集) 比喩・体温・視点を入れる。
③ 生態系を作る(創作) 骨の上に、自分の文章を育てる。
ここで、サンゴボーンの言葉から広げて、「サンゴ礁」を思い浮かべてほしい。
サンゴ礁では、死んだサンゴの骨格が土台になって、
その上に新しいサンゴが根付いて、また その上に——何千年も積層していく構造。
AI生成物も同じで、AIが作った「骨」は、それ自体は生命がないけれど、土台としては使える。
AIは骨づくり。人間はそこからいのちを生やす。
人間の「閃き」をAIで守る戦略
- AIに構造は任せていい
- でも比喩まで任せるな
- 引っかかりは人間が作れ
どういうことかというと、
AI生成であってもそうでなくても、何かを作ろうという時、人間の強みは「引っかかりを作る直感」——つまり、的確な比喩を見つける、概念と概念を意外な角度で結びつける、読者の既存知識に引っ掛ける語り口を作ることにある。
だが、人間が「骨づくり」に力を使いすぎると、肝心の「閃き」は死んでいきがち。
構成を考えて、段落をつなげて、論理展開を整える作業に力を割くと、その閃きが死んでいく。創作で一番大事なものの「命」が失われてしまう。
それは勿体無い。だからこそ、人間がAIに骨を作らせて、直感を載せることだけに集中するという戦略をとることには、ちゃんとした意味がある。
コードとサンゴボーン
実は、この理論はOSS文化の深層メタファーと完全に一致している。
良いコード:
- 他人が住める
- 拡張できる
- 呼吸してる
ダメなコード:
- 完璧に閉じてる
- 綺麗
- でも誰も触れない
= coral skeleton
Linus Torvalds がプルリクを却下するとき、
もし彼が比喩的に語るなら、こう言うかもしれない。
It's structurally perfect — but nothing lives on it. Like a coral skeleton.
エンジニアリング批評の最短形・詩的表現っぽい感じ。
……まあでも実際のLinusは多分
This is garbage.
You clearly have no idea what you're doing.
みたいに言うんだろうなw
しかしもし彼が比喩的に語るなら、確実にあのレベルの洞察になる。
最後に
サンゴボーンを見抜けない人は:
- AIを使っているつもりで
- 実際にはAIの出力に従属している
つまり:AIを使ってるのに、AIに使われている状態。
これがサンゴボーン理論の一番のキモ。
AIネイティブを名乗るなら、サンゴボーンから卒業して、
骨の上に、自分の生態系を築くってことなのかもしれないよね。
著 min.k