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「何を書くか」より、「何を書かないか」を決める

良い記事は、扱うテーマが広いことではない。 むしろ、どこまで書かないかを決められることのほうが重要だと思っている。 ただし、これは「見えている世界が狭くていい」という意味ではない。 書き手は、まず対象をできるだけ広く見なければならない。 様々な視点から観察し、異なる立場や解釈も理解し、それぞれの論点がどこにつながっているのかを把握する。その上で、「今回はここだけを書く」と意識的に切り出す。 私はこの順番が大切だと思う。 最初から一つの視点しか持っていなければ、それは「テーマを絞っている」のではなく、「見えていないだけ」になってしまう。 一方で、見えたものをすべて書いてしまうと、今度は読者が扱えない。 読み手が受け取れる情報量には限界がある。だから書き手は、複雑な世界を理解した上で、その中から一本の線を選び抜く必要がある。 今回Amazonについて考えたときも同じだった。 物流、AWS、AI、組織文化、経営思想、競争環境──どれもAmazonを語るうえでは欠かせない。 しかし、それらを並べても記事にはならない。 そこで今回は、「継続可能性」という一本の視点を選んだ

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ダイヤモンドは人類最大級のコンテンツIPかもしれない

ダイヤモンドは、突き詰めれば炭素の結晶でしかない。 現代の技術は、すでに人工ダイヤモンドを安定して生成できる水準にある。物理的・化学的な性質だけを比較すれば、両者の差は年々縮んでいる。 それでも、多くの人は天然ダイヤモンドを「特別なもの」として選び続けている。婚約指輪の主役は、今なお圧倒的に天然の石だ。 物性では説明のつかないこの偏りに、いったん立ち止まってみたい。

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「ジルノ」への答え方でわかった、AIそれぞれの認知の癖

高速列車の愛称の話をしていた。つばめ、はやぶさ、サプサン、フレッチャロッサ、フレッチャルジェント。国ごとに命名のセンスが違って、聞いているだけで面白い。 そのなかでスイスの高速列車「Giruno(ジルノ)」の話になった。ロマンシュ語由来の名前で、猛禽類にちなむらしいというところまでは知っていた。「それってノスリのことじゃないの?」と、なんとなくAIに聞いてみた。

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なぜタイでは「テレビスター」が生き残ったのか— LingOrmから見るテレビ局主導型IPの進化

Why the "Television Star" Survived in Thailand: The Evolution of Broadcaster-Led IP, as Seen Through LingOrm 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近、タイの俳優ユニットのイベント映像を見ていて、少し不思議に感じることがあった。 俳優のイベントなのに、まるで音楽ライブのように始まるのである。 大掛かりなオープニング映像が流れ、楽曲に合わせて登場し、ダンスや歌唱パフォーマンスが続く。見ているうちに、「これは俳優のファンミーティングなのだろうか」と思うようになった。 その代表例がLingOrmである。 LingOrmは、タイのGLドラマ『The Secret of Us』で共演したLingling KwongとOrm

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組織の中で健全に振る舞いたいなら、組織だけに人生を賭けてはいけない

私は昔、「会社で評価されること」にかなりの比重を置いていた。 もちろん仕事は大切だし、評価されること自体が悪いわけではない。でも、人生の承認のほとんどを会社に預けてしまうと、不思議なことが起こる。 本当は危ないと思っていることを言えなくなるのだ。 「嫌われたらどうしよう」 「面倒な人だと思われたらどうしよう」 「居場所がなくなったらどうしよう」 頭ではリスクが見えているのに、承認を失う怖さがそれを上回ってしまう。 皮肉なことに、組織に深くコミットしたいと思うほど、組織にとって必要な行動が取りづらくなる。 最近になって、少しだけ感覚が変わった。 本を書くようになった。会社の外にも、自分の考えを置ける場所ができた。受け入れてくれる人との関係もできた。 すると、「会社は大切だけれど、自分のすべてではない」と思える瞬間が増えた。 その結果、以前よりも必要なことを必要なタイミングで言えるようになった気がする。 組織だけに人生を賭けないことは、組織を軽視することではない。 むしろ逆だ。 自分の価値や居場所を一つの組織だけに預けないからこそ、短期的な承認や保身に振り回されず、

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韓国エンタメは、なぜ「なんでもコンテンツ化する」のか

K-POPを見ていると、「なんでもコンテンツにしてくるな」と感心することがある。 アイドルだけではなく、バックダンサーが番組に出る。 振付師がスターになる。 ダンスクルーがIPになる。 練習生の成長過程がサバイバル番組になる。 メイクや衣装、ヘアスタイリングの裏側が動画コンテンツになる。 レコーディング風景や振付練習が、完成品とは別のコンテンツとして消費される。 ファンのリアクションや、他アーティストによるカバーまで拡散の一部になる。 リアクション動画やダンスチャレンジまで含めて、一つの作品の周辺が次々とコンテンツ化されていく。 日本の感覚からすると、どこか商売っ気が強く映る。 しかしそれは、韓国エンタメが強欲だからというより、収益化への圧が極めて強い産業だからなのかもしれない。 韓国は、国内市場だけで巨大なエンタメ産業を維持できる国ではない。 人口規模も市場規模も限られている。そのなかで音楽や映像を産業として成立させるためには、最初から海外市場を見据えなければならなかった。 つまり、ヒットを出すだけでは足りない。 ヒットから、できるだけ多くの価

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善意依存型組織とは? — 責任が蒸発する場所

Goodwill-Dependent Organization: Where Responsibility Disappears 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) なぜ、良い人ばかりの職場なのに疲れるのだろうか。 人間関係は悪くない。休みも取りやすい。理不尽に怒鳴られることもない。 それでもなぜか、一部の人だけがいつも忙しく、同じ問題が繰り返される。その理由は、人ではなく組織の構造にあるのかもしれない。 善意依存型組織とは何か 組織に問題は存在する。しかし仕組みでは解決されない。 そのとき、誰かが補完することになる。 霧星礼知はこの構造を仮に「善意依存型組織(Goodwill-Dependent Organization)」と呼んでいる。本来は仕組みや責任分界によって解決されるべき問題が、個人の善意・責任感・自主性による補完によって成立している組織のことだ。 善意依存型組織は、一見すると円滑に動いているように見える。しかし実際には、仕組みではなく個人の努力によって維持されてい

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本当の自分は、探すものではない——人格と本人らしさについて

The Pattern That Remains: On Personas and the True Self 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 人はしばしば、「それは本当の自分じゃない」ということを言う。 けれど私は、この言葉にどこか違和感を覚えていた。 そもそも、本当の自分とは、何だろう。 仕事中の自分、友人といる時の自分、家族の前の自分——どれも違う。 けれど、どれも確かに自分である。 人は場面によって人格を使い分ける 教師、接客業、医師、司会者、営業。 こうした職業に就く人々は、それぞれの場面で異なる振る舞いを身につけている。教室に立つときの声の出し方、客の前での笑顔、診察室での落ち着いた口調、舞台での張りのある言葉、商談での丁寧な距離感。 これは嘘ではない。求められる責任に応じて、

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気持ちよく遊べる友達は、なぜ少ないのか

What Makes a Friendship Feel Light — Not Values, But How Responsibility Is Shared 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近、気づいたことがある。 私は友達が少ないわけではない。知り合いもいるし、一緒に食事をする相手もいる。 でも「気持ちよく遊べる友達」となると、急に数が減る。 仲が良いことと、気持ちよく過ごせることは、どうも別物らしい、と。 予定そのものでは、人は疲れない 友達と遊ぶ予定があるとき、遊ぶこと自体が疲れの原因になることは、あまりない。 それより疲れるのは、関係の「状態」だったりする。 本音が見えない。何を考えているのか分からない。気づくと、こちらばかりが状況を埋めている。

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