AI導入の壁は、AIの能力ではなく「人間が管理できる状態空間の大きさ」
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TWICEモモ、誕生日にもんじゃ焼き屋でファンイベントやるってよ——80人限定「MOMOheji」とは
TWICE MOMO Holds Her Birthday Fan Event at a Monjayaki Restaurant — What Is the 80-Person "MOMOheji"? 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 2026年10月26日、JYP EntertainmentはTWICEモモの誕生日記念イベント「MOMOheji」の開催を告知した[1]。日程は11月9日、モモの誕生日当日。会場はソウル・鍾路3街のもんじゃ焼き店「もへじ」で、参加者は80人。参加者には食事が出る。 世界的なグループのメンバーが、誕生日の夜に鉄板のある店でファンと過ごす。一体なぜもんじゃ焼き屋なのか。公式告知と、9月に開かれたナヨンの誕生日イベントを並べて考えてみたくなってしまった。 1.
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K-POPが「上手さ」と引き換えに失ったもの——90年代韓国音楽の自由化と、その先にあった「工業化」
What K-pop Traded for Its Skill — The Liberalization of 1990s Korean Music and the Industrialization That Followed 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近のK-POPは、とにかくいろいろなことが上手い。 歌が上手い。ダンスが上手い。映像も美しい。楽曲は数十秒ごとに聴き手を離さないよう細かく設計されている。 それなのに、時々ひどくつまらない、と感じてしまうのはなぜだろう。 この違和感を「昔の音楽の方が良かった」で片づけると、たぶん何も見えなくなる。 今のK-POPは、音楽を上手く作る技術を極めた産業である。問題があるとすれば、極めたことそのものではなく、極める過程で、上手く作ることとは違う種類の能力を育てる余地が小さくなったことではないか。
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タイ芸能界を支えるボーカルコーチ、Kru Koy(スパーパン・パラコーンクン)
BLACKPINKリサの育成から、俳優の発声指導まで 調査日:2026年10月25日 調査対象:Supaphan Palakornkul(สุภาพรรณ ผลากรกุล) 活動名:Kru Koy(ครูก้อย) Instagram:@krukoyzz 1. 概要 Kru Koy(クルー・ゴーイ)は、タイの著名なボーカルコーチであり、歌手・俳優・アイドルなどを対象に、歌唱技術、発声、話し方、演技における声の表現を指導している。 BLACKPINKのLISA(リサ)、GOT7のBamBam(ベンベン)をはじめ、タイ国内外で活躍する多数の芸能人を指導してきた。 1997年から発声技術を学び、2026年時点で約29年の学習・指導経験を持つ。米国で開発されたSpeech Level Singing(SLS)の指導体系を学び、2008年には創始者Seth Riggsから直接指導を受けた。
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「優しさを利用すること」が最適解になりつつある社会
タイ旅行から帰ってきて、考えたことがある。 私たちの社会は、優しい人を育てているのだろうか。それとも、優しい人を利用する技術ばかりを発達させているのだろうか。 例えば、誰かが問題を起こしたとする。 本来なら、問題を起こした本人や、その場に責任を持つ人間が対処すべきだろう。 しかし、実際にはそうならないことがある。 誰も動かない。誰も責任を取らない。困っている人がいても、見て見ぬふりをする。 しばらくして、見かねた誰かが動き出す。 その人は、特別な権限を持っているわけでも、対処する義務があるわけでもない。ただ、困っている人を放っておけなかっただけだ。 ところが、一度その人が問題を解決すると、周囲は学習する。 「あの人に任せれば何とかなる」 こうして、善意はいつの間にか無償の労働力へと変わっていく。 * この構造の恐ろしさは、責任を果たさないことが合理的な選択になってしまう点にある。 問題を起こしても、誰かが片付けてくれる。面倒なことに関わらなければ、自分の負担は増えない。 反対に、責任感を持って行動する人ほど、仕事や負担を抱え込む。 つまり、誠実
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世界中を参照しているのに、「世界観」は閉じている——『原神』とアニメ的記号の「自己参照」
Referencing the Whole World While Remaining Closed Within Its Own World — Genshin Impact and the Self-Reference of Anime Signs 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) アニメやゲームは現実逃避だ、という批判は、昔からあるものだ。 この記事で考えたいのはそれとは別の話で、ほとんど反対向きの話でもある。 かつての日本のアニメや漫画は、設定がどれほど荒唐無稽でも、素材の多くを現実から取っていた。家族、学校、会社、戦争、都市と地方、世代間の対立、制度、宗教、歴史。そうしたものを作品世界へ変換していたので、見終えたあとに作品の知識だけでなく、
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🎧マキシマム!FUKUSHIMA
Maximum! FUKUSHIMA — An Absurd Anthem of Friendship フクシマ、マキシマ、サカ・シマ! 奇行と狂気と、ほんの少しの優しさ。 わかってもらえなくてもいいと思っていた男が、仲間と出会う。 これは、ありのままに生きる男の友情賛歌である。 作詞:霧星礼知(min.k) 作曲:Suno AI 編曲:Suno AI 制作補助:ChatGPT Lyrics フクシマ マキシマ サカシマ シキシマ ヨコシマな 俺は フクシマ マキシマ サカシマ ツナシマ タテシマな おれ、俺! マキシマム! 苦しい時こそ 笑いを 悲しい時こそ 狂気を 股下 ズボン破れたとしても
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しんちゃんとまる子は、どうやって国境を越えたのか——「アニメ化」という翻訳の作用について
How Shin-chan and Maruko Crossed the Border — Anime Adaptation as Translation 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) LingOrmのリンリンが『クレヨンしんちゃん』と『ちびまる子ちゃん』を好きだという話を知って、しばらく考えていた。 タイの俳優が日本のアニメを好き、というだけならよくある話だが、この二本という組み合わせが引っかかった。どちらも、外国人に日本文化を紹介するために作られた作品ではない。『クレヨンしんちゃん』の舞台は埼玉県春日部市の野原家、『ちびまる子ちゃん』は静岡県清水のさくら家である。出てくるのは夕飯と学校と小遣い、親子喧嘩、姉妹喧嘩、近所付き合い。忍者も刀も出てこないし、桜も名所として映るわけではない。 中国語圏のSNSでも「しんちゃん、かわいい」という反応をよく見かける。 日本人としては、そこで少し可笑しくなる。
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なぜタイのエンタメは中国本土より香港・マカオを選ぶのか——LingOrmの興行展開から考える中国市場との付き合い方
Why Thai Entertainment Favors Hong Kong and Macau Over Mainland China — LingOrm's Event Strategy and the Chinese Market 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 1. 中国語が飛び交うタイのIMPACT Arena 2026年10月17日、私は、タイ・バンコク郊外のIMPACT ArenaでLingOrmのコンサート「The World Between Us」を観た。これは、17日と18日の二日間公演の初日である[1]。 その会場には、中国から来たファンが驚くほど多かった。 ロビーでも客席でも中国語が飛び交い、
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K-POPは「上手い」の先に行けるか——極めたもの、育ててこなかったもの
Can K-POP Go Beyond "Skilled"? — What It Mastered, and What It Never Cultivated 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 1. 「上手い」を価値にすることで勝った産業 K-POPは見せる能力を選抜し、引き上げる 歌が上手い。ダンスが揃っている。ビジュアルが強い。外国語で受け答えができる。カメラの前での見せ方も、ファンとの距離の取り方も心得ている。 K-POPは、これらがたまたま揃った人が現れるのを待つ対象として扱わない。 練習生制度と選抜を通して、複数の能力を同時に、しかも計画的に引き上げる方法を作った。歌唱とダンスとビジュアルを別々の専門家が別々に担当し、数年単位で仕上げていく。 才能の偶然に依存しない供給 業界がこの仕組みによって手に入れたのは、一定水準以上のものを繰り返し市場へ投入できる状態だった。
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患者をサービスの進行管理者にしないために——医療サービスの「診療品質」を考える
Don’t Make Patients Manage Their Own Care — Rethinking “Quality of Care” in Medical Services 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) この記事の中心命題 医療現場には、人手・時間・予算などの制約がある。 しかし、「人手が足りない」「診療時間が短い」という事情は、診療品質が低下する理由の説明にはなっても、診療品質そのものを検討しなくてよい理由にはならないのではないだろうか。 休職して医療や支援サービスを継続的に利用した時、「ケアを受けているはずなのに、なぜ自分がサービスを成立させる側に回っているのだろう」という違和感を持つようになった。そこから考えたのが、医療における「最低限の診療品質」とは何なのか、という問題だった。 そして考えていくうちに、特に精神科・メンタルケアにはもう一つ特殊な問題があることに気づいた。 サービス品質について異議を申し立てる人自身が、
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メンタルケアの「合わない」への現実的な対処方法——「改善インセンティブの弱い相手」と、どう付き合うか
Handling "This Doesn't Work" in Mental Health Care — On Dealing with Providers Who Have Little Incentive to Improve 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 精神科などのメンタルケアを利用していると、「この医師とは合わない」「この支援者とは噛み合わない」と感じることがある。こうした経験は、それほど珍しいものではない。 その対処策としてまず自然に浮かぶのは、「問題点をきちんと説明すれば、相手も理解して改善してくれるのではないか」、という、ある意味社会人的な期待だ。説明が足りないから伝わらないのだろう、と考える。 しかし、ここには一つ見落としやすい前提がある。相手に、改善するインセンティブがあるかどうかである。
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ゲームはどこで課金させるのか——「Pokémon Sleep」と「モンスターストライク」の比較から「収益化の可視性」を考える
Where Games Ask You to Pay — Thinking About the Visibility of Monetization 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 現代のスマートフォンゲームにおいて、ゲーム体験と収益化設計はほとんど切り離せないものだ。 とはいえ「課金させるゲーム/させないゲーム」という単純な二分法で語れるほど、この領域は単純ではない。 同じ基本無料ゲームであっても、どこを有料化するか、プレイヤーのどんな心理を刺激するか、そして収益装置をどこまでプレイヤーの目に触れさせるかによって、受け取られ方はまったく違ってくるものだ。 本稿では、任天堂・ポケモン系列の『Pokémon Sleep』と、ミクシィの『モンスターストライク』を比較しながら、基本無料ゲームにおける収益化の構造と、その「可視性」について考えていく。 また、あらかじめ断っておくと、