All Articles

1000engineering

タスクをこなす人ばかり評価する組織は、仕組みを作れない

なぜ、多くの組織では、案件が毎回同じような形でしか成立しないのか。 役割分担は曖昧なまま。 必要な判断をする人も決まっていない。 納期だけは動かせず、途中で足りない仕事が次々に見つかる。 そのたびに、状況を理解できる人が前提を整理し、関係者を調整し、責任の空白を埋める。最後は誰かの長時間労働や属人的な判断によって、どうにか納期へ間に合わせる。 案件が終わると、「大変だったが、協力して乗り切った」と総括される。 しかし、役割の決め方も、仕事の配分も、意思決定の仕組みも変わらない。 そのため、次の案件でもまた、同じように曖昧な体制で始まり、同じように一部の人へ負荷が集中し、同じように人力で成立させることになる。 なぜ、この繰り返しは止まらないのか。 この問いに対する答えは、単純な人材不足ではない。 問題は、構造を疑う人が少ないことだけではない。 構造を疑っても評価されないこと。 さらに、構造を見られる人ほど、その空白を埋める仕事を押しつけられること。 この三つが重なっている。 まず、問いを立てる人が少ない。 多くの人は、自分に割り当てられたタスクをどう終わらせるかを考

By mnk.log

1000notes

あなたが深く付き合うべき人は、「相互理解が進むと楽になっていく人」だ

人間関係には、付き合うほど楽になっていく人と、付き合うほど疲れていく人がいる。 これは「いい人か、悪い人か」とは少し違う。 むしろ厄介なのは、とてもいい人なのに、付き合うほど疲れていく人が普通にいることだ。 優しい。悪意もない。何かしてあげれば感謝してくれる。困らせたら謝ってくれる。 それでも疲れる。 なぜなら、人柄のよさと、相手を理解して自分の行動を更新できることは別だからだ。 相互理解が進むと、本来は関係が楽になっていく 相手との付き合い始めは、お互いのことを知らない。 何が好きなのか。何が苦手なのか。どこまで頼ってよいのか。何をされると負担なのか。 だから最初に調整コストがかかるのは当然だ。 しかし、関係が進み、相互理解が進むと、 知らない → 説明する → 理解される → 次から説明しなくてよくなる ということが起きる。 たとえば、一度「これは負担になる」と伝えたとする。 付き合うほど楽になる人は、そこから学習する。 「これはこの人には頼まないほうがいいんだな」 「この説明では分かりにくいんだな」 「前回ここを相手にやってもらったから、今回は

By mnk.log

StructureEssay

私大文系と戦後ポップカルチャー ——教養を大衆文化へ翻訳する

Private University Humanities and Postwar Japanese Pop Culture: Translating High Culture for the Masses 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) きっかけは、ほとんど雑談のような思いつきだった。 自分が高く評価している作詞家を、なんとなく並べてみたことがある。阿久悠、阿木燿子、岩里祐穂、秋元康。並べてから、共通点に気づいた。全員、MARCHと呼ばれる大学群に関係している。明治、中央、明治、中央。 そのとき頭に浮かんだのは、次のような仮説だった。 MARCHという教育的・社会的背景は、作詞家としての能力と何か関係があるのではないか。 我ながら乱暴な思いつきである。だが、まったく根拠のない直感でもなかった。この四人に共通して見えたのは、

By mnk.log

StructureEssay

クラシックバレエの残酷さを、TWICEミナから考える——バレリーナであることが「個性」になる場所へ

The Cruelty of Classical Ballet, Seen Through TWICE's Mina: Where Being a Ballerina Becomes an Individuality 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) TWICEのミナは、アイドルになる以前、11年間クラシックバレエを続けていたとされる。 その経験は今も、彼女の「優雅さ」として、彼女の個性として語られる。 だが、彼女のバレエが最もよく見えるのは、踊っている場面ではない。休憩に入って、身体から余計な力が抜けていく数秒間のほうだ。 本番と休息の切り替え方に、バレエの訓練の文法が残っているのだ。 例えば、ライブの休憩中、少し横になって身体を休めているミナの映像がある。これは、疲れて寝転がっているのとは違う。刺激を減らし、

By mnk.log

StructurePlay

文豪フレンズ

睡眠薬というものは、今ではもう、昔ほど危険なものではないらしい。 昔の睡眠薬は、量を間違えると本当に危なかった。 その代表格として出てきたのが、 芥川龍之介が服用したことで知られる、ベロナールである。 ......あ。 ベロナール芥川。 いや何だ、ベロナール芥川って。 薬の名前と文豪の名前が並んだだけなのに、妙に完成している。 ベロナール芥川。なんかもう、文学史上の人物ではない。 業界の有名人だ。 「ああ、この件はベロナール芥川さんでいきましょう」みたいな。 …… 待って。 芥川龍之介がベロナール芥川なら、 親しい人たちの間では龍ちゃんだな。 龍ちゃん。 急に近い。 日本近代文学を代表する短編作家が、一気に近所の友だちになった。 「龍ちゃんまたいらんこと考えすぎてるよ」と言える距離に来てしまった。 そして龍ちゃんがいるなら、 金ちゃんもいる。 夏目漱石。本名、夏目金之助。 まごう事なき金ちゃんだ。 でも、これは少し難しい。漱石に詳しい人しか気づかない。 「金ちゃんって誰?」 となって、三秒後に、 「あっ…

By mnk.log

ThinkingEssay

AIの危険性を、本当に理解しているか

What Is the Real Risk of AI? — How Profit, Judgment, and Responsibility Are Reallocated When Organizations Adopt AI 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) AIの危険性というと、まず語られるのはハルシネーション、情報漏えい、著作権侵害、プロンプトインジェクションといった言葉である。 もちろん、それらは重要な問題だ。 しかし、それだけを理解して「AIリスクを理解している」と考えるのは、まだ十分ではないのではないか。 AIを企業やシステムに導入するとき、本当に考えるべきなのは、 AIという不確実なものを組織に組み込んだ結果、利益・判断・責任がどのように再配置されるのか という問題だと思う。 AIの危険性は、「AIが間違えること」

By mnk.log

ThinkingEssay

コンサルとは何者なのか――企業が「構造を考える機能」を外部化するとき

What Is a Consultant? — When Companies Outsource the Function of Structural Thinking 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近、ITコンサルの求人を非常によく見かける。 クラウド、生成AI、DX、業務改革、IT戦略。求人票には、構想策定、顧客折衝、要件定義、プロジェクト推進といった言葉が並んでいる。一見すると、技術革新のスピードに人材が追いつかず、高度なIT人材が足りていないように見える。 だが、現場を眺めていると、少し違う理由が透けて見えてくる。 企業が本当に不足させているのは、技術を知っている人ではない。自分たちが何をしようとしているのかを、整理できる人がいないのだ。 多くの企業には、技術者がいる。管理職がいる。PMがいる。経営企画もいる。

By mnk.log

StructurePlay

アサゴハン国

朝ごはんについて、考えていた。 朝ごはんについてを考えていたはずだった。 しかし 「アサゴ・ハーン」 と言った瞬間、何かがおかしくなった。 いや、おかしいのは名前である。 アサゴ・ハーン。 なんだその、朝食のメニューを統一しそうな名前は。 チンギス・ハーンと同じ語尾なのに、通貨が納豆かもしれない。 なんだこれは。 ...いや待てよ。 アサゴ・ハーンがいるなら、 ヒルゴ・ハーン もいるのではないか? いる。それは昼食を文明の頂点と考える帝国である。 定食文化が異常に発達している。 ...コホン、ということはだ。 ヨルゴ・ハーン。 これもいるよな。 夜食こそ人類の本音だと主張し、シメラーメンを外交カードとして使う危険な国家だ。 まずい。三食がモンゴル帝国になってしまった。 いや、まだ戻れる。これはただのダジャレだ。 ここで止めればいい。 ……。 オヤツ・ハーン。 いた。 なんでいるんだ。 しかも一番平和そうである。 三大帝国が国境で睨み合っている横で、オヤツ汗国だけが紅茶を飲んでいる。 お

By mnk.log

ThinkingEssay

日本IT技術者の職業意識史 ――「機械設計への劣等感」から、「抽象層さんぽ」の時代へ

The Professional Consciousness of Japanese IT Engineers — From Reverence for Mechanical Design to the Age of the Abstraction-Layer Stroll 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) この文章は、技術そのものの歴史ではない。日本のIT技術者が、自分たちの仕事を何だと思い、何を「設計」と呼び、どこに権威や引け目を感じてきたのか。その職業意識の変化を追う試みである。 ひとつ断っておく。以下には、資料で確かめられる歴史的事実、既存研究から借りる理論的な補助線、筆者の経験から立てた仮説の三つが混じる。とりわけ中心の見立て――機械設計への劣等感、それが安全装置として働いたという話、そして「抽象層さんぽ」

By mnk.log

StructurePlay

因幡のピョン太郎 〜White Rabbit Story〜

因幡の白兎という話がある。 白兎が海を渡りたい。 しかし船がない。 そこでワニに声をかける。 「君たちと兎、どちらが多いか数えてあげるよ。向こう岸まで一列に並んで」 ワニは並んだ。 親切である。 白兎はその背中を踏んで海を渡った。 そして最後の一匹のところで言った。 「本当は数えるためじゃない。お前たちを踏み台にして渡りたかっただけでーす!」 なぜ言った。 黙って岸へ上がればよかった。 詐欺を働いたうえ、被害者の目の前で成果報告まで行っている。 ワニは怒った。 そりゃ怒る。 ワニ側は、 一列に並んだ。 背中を貸した。 最後まで黙って協力した。 悪いところが一つもない。 全面的にピョン太郎が悪い。 ワニはピョン太郎の毛を剥いだ。 ここだけ聞くと残酷だが、事件名を正確に付ければ、 因幡海峡ワニ集団欺罔事件(いなばかいきょう・わにしゅうだん・ぎもうじけん) である。 加害者は白兎。 ピョン太郎である。 ピョン太郎はワニの怒りによって全身ずるむけになり、泣いていた。 そこへ大国主が通りかかった。 大国主もたぶん、 「お前何やっとん

By mnk.log

StructurePlay

ポケットモンスター アイドゥル ーK-POP産業をポケモン対戦環境として読む

Pokémon Idulle: Reading the K-POP Industry as a Competitive Battle Environment 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) K-POPアイドルの評価は、なぜあれほど急に上がったり下がったりするのか。本人は何も変えていないのに、ある日突然パートが減る。その理由を「人気の移り変わり」で片づけると、いちばん大事な構造を見落とす。 K-POPについて考えているうちに、ひとつの対応関係に気づいてしまった。 才能=種族値、生来の資質=個体値、レッスン=努力値振り、オーディション=厳選、事務所=トレーナー、コンセプト=型、カムバック=シーズン更新、衣装・

By mnk.log

StructureEssay

なぜ「ポケモン言えるかな?」は口が勝手に動くのか — 151匹の名前から"発見"された、呪文とクラブラップの設計

Why "Pokémon Ieru Kana?" Makes Your Mouth Move on Its Own 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 「ポケモン言えるかな?」は、初代151匹を題材とし、そのうち150匹の名前を歌うCMソングとして知られている。作詞は戸田昭吾、作曲・編曲は田中宏和(たなかひろかず名義)[1]。だが、この曲を「懐かしい暗記歌」として片づけると、その設計の大半を見落とすことになる。 大人になって聴き直すと、イントロからすでにおかしい。明るいファンファーレではなく、ハウス寄りのダンスミュージックで始まる。そして途中、名前の羅列は唐突にクラブラップへと変わる。 ここで、ひとつの見立てを立てておきたい。これは名前にメロディを付けた曲ではない。名前の音の中に、最初からメロディとリズムが眠っていて、それを掘り当てた曲なのではないか。

By mnk.log