1000notes
AIで書いた文章は、「塩素で消毒した水」である
昨今、生成AIは急激に進化していて、文章を書かせると、かなりきれいなものが出てくる。話の筋は通っているし、誤字も少ない。頼めば読みやすく整理してくれるし、こちらが言いたかったことまで察して、それらしい言葉にしてくれる。 これは便利である。私も毎日のように使っている。 ただ、出来上がった文章を読んでいると、ときどき妙な物足りなさを感じる。まずくはない。むしろよくできている。なのに、もう一度読みたいとはあまり思わない。なんだろう、と考えていて、ふと思った。 AIで書いた文章は、塩素で消毒した水に似ている、と。 水道水は安全だ。透明で、変なものが混じっている心配も少なく、蛇口をひねればいつでも同じような水が出てくる。それは文明としてすばらしい。 でも一方で、ちょっと想像してみて欲しいのだけど、旅先で飲んだ妙に硬い水や、山で飲んだ冷たい湧き水のことを、何年経っても覚えていたりすると思う。 文章にも似たところがある。きれいに整っていることと、記憶に残ることは同じではない。少し妙な言い回し、普通なら選ばない単語、唐突な一文。文章を整える立場から見れば削ってしまいたくなるものが、逆に「こ