ThinkingEssay

なぜ私たちはそう考えてしまうのか。AIとの対話や日常の違和感を手がかりに、思考の癖や知性のあり方を探る。知識と身体、生成と判断のズレを観測する。AI時代における「考える」という行為を問い直すための記録。/ Thinking in AI age.

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現代人と情報——答えを追いかけるより先に、「あなた自身の問い」を取り戻せ

Modern Life and Information — Reclaim Your Own Question Before You Search for Answers 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 1. 私たちは、答えだけでなく「問い」も受け取っている 疲れているとき、人は何を検索するか 疲れが抜けないとき、人はインターネットでこう検索する。 「疲れ 取れない」 「休日 疲労回復」 「年齢 疲れやすい」 すると、説明は大量に出てくる。 睡眠の質を上げる。 サプリを飲む。 運動する。 スマホを見る時間を減らす。 自律神経を整える。 どれも間違ってはいない。実際に効く人もいる。 だが、ここで起きていることを少し丁寧に見たい。

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『夏目友人帳』は「妖怪の物語」ではない——見えない他者と生きる物語

Why Natsume's Book of Friends Isn't a Story About Yokai — Living Alongside Those We Cannot Fully See 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 1. 「妖が見える」は能力ではなくテーマである 『夏目友人帳』を一見すると、夏目だけが妖怪を見える能力を持っている物語のように見える。 学校に馴染めない少年が、実は特別な力を持っていて、その力ゆえに孤独になり、やがてその力を通じて絆を得ていく——そういう「特殊能力もの」の枠組みで語られることが多い。 しかし作品を巻を追って読んでいくと、そこに違和感が残る。この作品は一度も「妖が見えること」そのものを目的の中心にしていない。

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AIの賢さは選択肢を「出す前」にある──UIはただのボタンなのに、なぜ賢く見えるのか

Why AI Seems Smart Before It Shows You the Options 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) ChatGPTと記事の構成を相談していたら、画面に見慣れないものが出た。 質問文がひとつと、その下に四つのボタンである。 バカロレアをどう絡めますか? 1. 教育思想として扱う 2. 試験制度として扱う 3. 批判的思考の例にする 4. 名前だけ軽く出す 一瞬、ChatGPTもClaudeみたいなことを始めたのか、と思った。 自由記述の入力欄しかなかった空間に、突然、押せるものが現れたからである。(どうも、現段階では機能として本採用ではなく、限られたユーザークラスタに対して適用している段階のようである。AI企業はよくこういうことをやる。) しかし少し考えてみると、やっていること自体はかなり単純である。モデルが質問文と候補を生成し、それを構造化された形式でボタン表示用の仕組みへ渡している。それだけだ。 だとすれば、

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UZA的戦略——フランスは、なぜ「ウザさ」を国家の力に変えられるのか

Why France Turns "Being Annoying" into a National Weapon 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) フランス人は、しばしばウザい。 話を簡単に終わらせない。 言葉の定義を求める。 個別の問題を、突然「自由とは何か」「共和国とは何か」という話にまで広げる。 こちらは会議の終了時刻を相談しているだけなのに、いつの間にか人間の尊厳について議論している。 しかし、このウザさを単なる国民性として片づけてよいのだろうか。 むしろフランスは、ウザさを教育し、選抜し、国家運営へ投入しているのではないか。 私はこれを、仮に「UZA的戦略(UZA Strategy)」と呼ぶことにした。 表向きには、次の三つの頭文字である。 * Universalize:論点を普遍化する * Zero

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AIの危険性を、本当に理解しているか

What Is the Real Risk of AI? — How Profit, Judgment, and Responsibility Are Reallocated When Organizations Adopt AI 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) AIの危険性というと、まず語られるのはハルシネーション、情報漏えい、著作権侵害、プロンプトインジェクションといった言葉である。 もちろん、それらは重要な問題だ。 しかし、それだけを理解して「AIリスクを理解している」と考えるのは、まだ十分ではないのではないか。 AIを企業やシステムに導入するとき、本当に考えるべきなのは、 AIという不確実なものを組織に組み込んだ結果、利益・判断・責任がどのように再配置されるのか という問題だと思う。 AIの危険性は、「AIが間違えること」

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コンサルとは何者なのか――企業が「構造を考える機能」を外部化するとき

What Is a Consultant? — When Companies Outsource the Function of Structural Thinking 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近、ITコンサルの求人を非常によく見かける。 クラウド、生成AI、DX、業務改革、IT戦略。求人票には、構想策定、顧客折衝、要件定義、プロジェクト推進といった言葉が並んでいる。一見すると、技術革新のスピードに人材が追いつかず、高度なIT人材が足りていないように見える。 だが、現場を眺めていると、少し違う理由が透けて見えてくる。 企業が本当に不足させているのは、技術を知っている人ではない。自分たちが何をしようとしているのかを、整理できる人がいないのだ。 多くの企業には、技術者がいる。管理職がいる。PMがいる。経営企画もいる。

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日本IT技術者の職業意識史 ――「機械設計への劣等感」から、「抽象層さんぽ」の時代へ

The Professional Consciousness of Japanese IT Engineers — From Reverence for Mechanical Design to the Age of the Abstraction-Layer Stroll 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) この文章は、技術そのものの歴史ではない。日本のIT技術者が、自分たちの仕事を何だと思い、何を「設計」と呼び、どこに権威や引け目を感じてきたのか。その職業意識の変化を追う試みである。 ひとつ断っておく。以下には、資料で確かめられる歴史的事実、既存研究から借りる理論的な補助線、筆者の経験から立てた仮説の三つが混じる。とりわけ中心の見立て――機械設計への劣等感、それが安全装置として働いたという話、そして「抽象層さんぽ」

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「ジルノ」への答え方でわかった、AIそれぞれの認知の癖

高速列車の愛称の話をしていた。つばめ、はやぶさ、サプサン、フレッチャロッサ、フレッチャルジェント。国ごとに命名のセンスが違って、聞いているだけで面白い。 そのなかでスイスの高速列車「Giruno(ジルノ)」の話になった。ロマンシュ語由来の名前で、猛禽類にちなむらしいというところまでは知っていた。「それってノスリのことじゃないの?」と、なんとなくAIに聞いてみた。

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善意依存型組織とは? — 責任が蒸発する場所

Goodwill-Dependent Organization: Where Responsibility Disappears 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) なぜ、良い人ばかりの職場なのに疲れるのだろうか。 人間関係は悪くない。休みも取りやすい。理不尽に怒鳴られることもない。 それでもなぜか、一部の人だけがいつも忙しく、同じ問題が繰り返される。その理由は、人ではなく組織の構造にあるのかもしれない。 善意依存型組織とは何か 組織に問題は存在する。しかし仕組みでは解決されない。 そのとき、誰かが補完することになる。 霧星礼知はこの構造を仮に「善意依存型組織(Goodwill-Dependent Organization)」と呼んでいる。本来は仕組みや責任分界によって解決されるべき問題が、個人の善意・責任感・自主性による補完によって成立している組織のことだ。 善意依存型組織は、一見すると円滑に動いているように見える。しかし実際には、仕組みではなく個人の努力によって維持されてい

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