ThinkingEssay

なぜ私たちはそう考えてしまうのか。AIとの対話や日常の違和感を手がかりに、思考の癖や知性のあり方を探る。知識と身体、生成と判断のズレを観測する。AI時代における「考える」という行為を問い直すための記録。/ Thinking in AI age.

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コンサルとは何者なのか――企業が「構造を考える機能」を外部化するとき

What Is a Consultant? — When Companies Outsource the Function of Structural Thinking 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近、ITコンサルの求人を非常によく見かける。 クラウド、生成AI、DX、業務改革、IT戦略。求人票には、構想策定、顧客折衝、要件定義、プロジェクト推進といった言葉が並んでいる。一見すると、技術革新のスピードに人材が追いつかず、高度なIT人材が足りていないように見える。 だが、現場を眺めていると、少し違う理由が透けて見えてくる。 企業が本当に不足させているのは、技術を知っている人ではない。自分たちが何をしようとしているのかを、整理できる人がいないのだ。 多くの企業には、技術者がいる。管理職がいる。PMがいる。経営企画もいる。

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日本IT技術者の職業意識史 ――「機械設計への劣等感」から、「抽象層さんぽ」の時代へ

The Professional Consciousness of Japanese IT Engineers — From Reverence for Mechanical Design to the Age of the Abstraction-Layer Stroll 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) この文章は、技術そのものの歴史ではない。日本のIT技術者が、自分たちの仕事を何だと思い、何を「設計」と呼び、どこに権威や引け目を感じてきたのか。その職業意識の変化を追う試みである。 ひとつ断っておく。以下には、資料で確かめられる歴史的事実、既存研究から借りる理論的な補助線、筆者の経験から立てた仮説の三つが混じる。とりわけ中心の見立て――機械設計への劣等感、それが安全装置として働いたという話、そして「抽象層さんぽ」

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「ジルノ」への答え方でわかった、AIそれぞれの認知の癖

高速列車の愛称の話をしていた。つばめ、はやぶさ、サプサン、フレッチャロッサ、フレッチャルジェント。国ごとに命名のセンスが違って、聞いているだけで面白い。 そのなかでスイスの高速列車「Giruno(ジルノ)」の話になった。ロマンシュ語由来の名前で、猛禽類にちなむらしいというところまでは知っていた。「それってノスリのことじゃないの?」と、なんとなくAIに聞いてみた。

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善意依存型組織とは? — 責任が蒸発する場所

Goodwill-Dependent Organization: Where Responsibility Disappears 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) なぜ、良い人ばかりの職場なのに疲れるのだろうか。 人間関係は悪くない。休みも取りやすい。理不尽に怒鳴られることもない。 それでもなぜか、一部の人だけがいつも忙しく、同じ問題が繰り返される。その理由は、人ではなく組織の構造にあるのかもしれない。 善意依存型組織とは何か 組織に問題は存在する。しかし仕組みでは解決されない。 そのとき、誰かが補完することになる。 霧星礼知はこの構造を仮に「善意依存型組織(Goodwill-Dependent Organization)」と呼んでいる。本来は仕組みや責任分界によって解決されるべき問題が、個人の善意・責任感・自主性による補完によって成立している組織のことだ。 善意依存型組織は、一見すると円滑に動いているように見える。しかし実際には、仕組みではなく個人の努力によって維持されてい

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本当の自分は、探すものではない——人格と本人らしさについて

The Pattern That Remains: On Personas and the True Self 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 人はしばしば、「それは本当の自分じゃない」ということを言う。 けれど私は、この言葉にどこか違和感を覚えていた。 そもそも、本当の自分とは、何だろう。 仕事中の自分、友人といる時の自分、家族の前の自分——どれも違う。 けれど、どれも確かに自分である。 人は場面によって人格を使い分ける 教師、接客業、医師、司会者、営業。 こうした職業に就く人々は、それぞれの場面で異なる振る舞いを身につけている。教室に立つときの声の出し方、客の前での笑顔、診察室での落ち着いた口調、舞台での張りのある言葉、商談での丁寧な距離感。 これは嘘ではない。求められる責任に応じて、

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気持ちよく遊べる友達は、なぜ少ないのか

What Makes a Friendship Feel Light — Not Values, But How Responsibility Is Shared 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 最近、気づいたことがある。 私は友達が少ないわけではない。知り合いもいるし、一緒に食事をする相手もいる。 でも「気持ちよく遊べる友達」となると、急に数が減る。 仲が良いことと、気持ちよく過ごせることは、どうも別物らしい、と。 予定そのものでは、人は疲れない 友達と遊ぶ予定があるとき、遊ぶこと自体が疲れの原因になることは、あまりない。 それより疲れるのは、関係の「状態」だったりする。 本音が見えない。何を考えているのか分からない。気づくと、こちらばかりが状況を埋めている。

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「あなたと結婚したいのです」の前提を問う――感動の手前で立ち止まること

Questioning the Premise of “I Want to Get Married” 一 最初の違和感について 「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私はあなたと結婚したいのです」 この言葉を聞いて、多くの人が胸を打たれる。プロポーズの言葉として引用され、SNSで拡散され、「素敵」「泣ける」というコメントが並ぶ。しかし冷静に読めば、この一文は何も説明していない。「結婚しなくてもよい」という前提を認めたうえで、「それでも結婚したい」という意志を表明しているだけだ。その「なぜ」は、完全に宙に浮いたままになっている。 感動とは往々にして、問いを止める装置として機能する。言葉の響きや文脈の情緒が問いを飲み込み、「深いことを言っている」という感触だけが残る。だが立ち止まって問い返したとき、そこに実質的な答えがなければ、それは美しい空洞に過ぎない。この文章では、その空洞の中身を丁寧に掘り下げていく。 二 「結婚しなくても幸せになれる」とは何を指しているのか まず前提として置かれているこの句を検討する。「結婚しなくても幸せになれるこの時代」とはどういう状態か。 表

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ロシアはなぜ、「詩人の国」に見えるのか

ロシアという国を見ていると、時々不思議な感覚になる。 一見すると、経済も、政治も、社会も、非合理的なところからは距離を置いているように見えるこの国。 それなのに、なぜかこの国は時々「詩人」に見える。むしろ合理性を重視するはずの国々よりも、ずっと夢想が上手に見えるのだ。 その不思議さの正体を、少し掘ってみたい。

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なぜ人は無駄を必要とするのか — AI時代の「探索」の重要性

今回は本題の前段として、ファッションの話から始めてみる。 AIと対話しながら、白Tシャツを探していた。条件はシンプルなはずだった。透けにくく、シワになりにくく、一枚で着られること。それだけのはずが、気がつけばシルケット、ポプリン、高密度コットンの話になっていた。 そのとき、ある問いが浮かんだ。もし、最初からAIが提示した「正解」に従っていたら、この回り道は生まれただろうか。

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