面白さは計算だけでは作れない──漫画の長期連載とSNSが共有する構造

Calculation Alone Isn’t Enough to Make Something Interesting — The Shared Structure of Long-Running Manga and SNS


なぜ、「構造としては完璧な漫画」よりも、少し荒い作品の方が面白く感じることがあるのか。
その違いは、「計算」と「ノリ」という二つの要素のバランスにある。


漫画を読んでいると、時々不思議な感覚がある。

展開としては、そこまで緻密でもない。伏線が完璧に回収されているわけでもない。
それでも、妙に面白い回がある。

逆に、ストーリー構造としては完璧にできているのに、なぜか印象に残らない話もある。

この違いはどこから来るのか。

漫画家・荒木飛呂彦は、こんな趣旨のことを言っている。

「漫画は計算だけでは面白くならない。勢いや感情が大事だ。」「自分でもどう転ぶかわからないような必死さ、覚悟が、作品を面白くする。」[1]

この言葉は、創作のある性質をかなり正確に言い当てている。
作品は、計算だけでは面白くならない。


長期連載は「計算」と「ノリ」の両方で成り立つ

長期連載漫画を見ると、この構造がよく分かる。

例えばワンピースは明らかに「計算」されている。伏線、世界観、キャラクターの配置。数百話前の描写が後で意味を持つことがザラにある。これは、ノリだけではできない仕事だ。

しかし同時に、ワンピースにはノリもある。人気キャラクターの予期しない伸び、読者の反応を受けた展開の転換、勢いのままに走る章がある。

計算だけでも、ノリだけでもない。長期連載の天才は、この二つを往復している。


なぜ創作は「計算」と「ノリ」のどちらかに偏りやすいのか

ここで(少々残酷な話ではあるが、)才能の分岐が起きる。

ストーリーが計算に偏ると、構造は美しいが熱量が弱くなる。
伏線は回収されるが、読んでいて息苦しい。

また、ノリに偏ると、勢いはあるが物語が破綻する。
世界観が広がりすぎて収拾がつかなくなる。

長期連載を続けられる作家は、その両極のあいだを揺れ続ける。
計算で骨格を作り、ノリで肉をつける。どちらかに固定した瞬間、物語の体温が下がる。

ここで秀才はどちらかに逃げる。天才は逃げない。


SNSはもともと「ノリ」で動く文化だった

この構造は、漫画だけの話ではない。

今ではあまりその面影はないが、初期のSNSは、ほとんどノリで動いていた。
思いつきの投稿、雑なネタ、深夜の内輪の盛り上がり。
そこに計算はほとんどなかった。SNSは偶然の連鎖で広がる文化だった。

しかしSNSが巨大化すると、状況が変わる。

アルゴリズムが導入される。するとユーザーは考え始める。
どうすれば伸びるか。どうすれば拡散されるか。どの時間に投稿するか。

投稿は次第に計算になる。


アルゴリズムはノリを弱めた

ここで問題が起きる。

ノリは偶然である。計算は最適化である。
最適化された空間では、偶然は減る。偶然が減ると、ノリが死ぬ。

昔のSNSには思い出がある。あのミーム、あのネタ、あの内輪文化。
誰かが流した雑な一言が、予期しない広がり方をした記憶がある。

しかし今のSNSは、投稿の質は上がったが、思い出は残りにくい。

その原因は一つに収束する。アルゴリズムに最適化した結果、ノリがないからである。


ノリが死んだSNSでは時間は生まれない

その昔、SNSは、文字通りただの雑談の場所だった。
意味のない投稿が流れ、誰かが拾い、別の誰かが乗る。
偶然の連鎖が生まれる。この流れが続くと、そこに時間が生まれる。
文化は、その時間の上に積み重なる。

計算は構造を作り、ノリは時間を作る。
長期連載の天才は、この二つを両方持っている。
そしてSNSも、本来はその二つでできている文化だった。

現在のSNSのアルゴリズムは、文化を最適化するが、
しかし、時間は作らないのである。


面白い漫画作品を思い返すと、どこかに「揺れ」がある。

完璧に設計された物語ではなく、少しだけ予測から外れる瞬間。作者が迷った形跡や、キャラクターが勝手に動いたような違和感。そのズレが、記憶に残る。

日常も少し似ている。予定通りに進んだ一日より、少しだけ崩れた日の方が、あとで思い出になる。

計算は、物事を整える。ノリは、時間に厚みを与える。

文化は、その厚みの中でしか続かない。


☕️よかったらコーヒー一杯。
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著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT、Perplexity / AI-assisted / Structure observation

参考文献


  1. 荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』(集英社新書、2015年)— 荒木による創作論をまとめた著作。勢いや感情、必死さが作品を面白くするという趣旨の発言はこの文脈に基づく。 ↩︎


For international readers
This essay explores a shared structure between long-running manga series and social media platforms. It argues that creation operates on two forces: calculation (structure, planning, optimization) and “vibe” (momentum, unpredictability, emotional drive). While calculation builds coherent systems, it is the “vibe” that generates temporal depth — the sense of unfolding experience that becomes memory and culture.

By comparing serialized storytelling with the evolution of SNS, the article suggests that algorithmic optimization suppresses this “vibe,” reducing randomness and spontaneity. As a result, platforms may become more efficient, yet less capable of producing lasting cultural memory. The piece ultimately frames creativity as a balance between control and uncertainty.

Keywords
calculation vs vibe, long-running manga, social media algorithms, cultural memory, emergence, narrative structure