ピョンヤン散歩 ── Googleマップで平壌を歩くと何が見えるのか
A Walk Through Pyongyang on Google Maps — What Map Labels Reveal About a Closed City
平壌のGoogleマップには、なぜ店や施設のラベルがほとんど存在しないのか。
その分布を辿ると、「誰が動いたか」と「何を見せたいか」が重なった都市の構造が見えてくる。
平壌のGoogleマップは、首都とは思えないほど情報が少ない。
店のラベルがほとんどない。
レストランも、カフェも、コンビニも。
普通の都市なら当たり前に並ぶものが、ほとんど見えない。
都市なのに、情報が妙に静かだ。
それでもいくつかの場所には、ぽつぽつとラベルが刺さっている。
今日はそれを辿って、平壌を歩いてみる。
平壌ではGoogleマップよりOpenStreetMapの方が詳しい
まず、Googleは世界最大の地図サービスである。普通の都市であれば、Google Mapは圧倒的に情報が多い。
が、平壌は違う。
少なくとも道路・建物の輪郭・一部の施設名については、GoogleよりOpenStreetMapの方が詳しい。[1]
OpenStreetMapは有志がコツコツと書き込んでいく民間地図だ。
有志たちは衛星画像を見ながら道路を描き、建物の輪郭をトレースし、施設名を入力していく。国家が閉じれば閉じるほど、外部の目が地図を埋めていく。北朝鮮は意図せず、自分たちの都市の地図を他人に作らせている。
一方、Googleマップのラベルはどこから来るのか。
答えはシンプル。人が動いた場所に、ラベルが生まれる。
スマートフォンを持ったGPSデータ、チェックイン、クチコミ。
外国人の足跡が、そのまま地図になる。
平壌のGoogleマップは、外交官と観光客の足跡地図だ。
Googleマップのラベルはどのように生まれるのか
もう一つ、北朝鮮でラベルが刺さっている場所を眺めていると、ある法則が見えてくる。
北朝鮮が「見せたい」と判断した施設には、ラベルがある。
国営ビアバー、モデル農場、乗馬クラブ、製薬工場、カバン工場。金正恩が現地指導を行い、プロパガンダ媒体に繰り返し登場する施設には、決まってGoogleマップのラベルが刺さっている。
逆に、ラベルのない場所は静かだ。住宅街も、一般の工場も、ほとんど情報がない。
これは単なるデータ不足ではない。平壌は公開ゾーンと非公開ゾーンに分かれている。Googleマップに現れるのは、その断面の一部だけだ。
ただし、ラベルには他にも種類がある。
さっきのは「本物」。国家の意志で見せている施設だ。
もうひとつは「ネタ」。誰かが遊びで刺したピン。
例えば「ISCP – International State College of the Philippines – North Korea branch」。フィリピン発のジョーク大学が、平壌の座標に普通に登録されている。Googleマップはユーザー投稿型なので、検証が難しい場所ほどこういうものが混入しやすい。
平壌のGoogleマップを歩くとき、この真偽判定がひとつの遊びになる。
大使館エリアだけ地図情報が豊富
平壌には大使館エリアがある。
このエリアが面白い。
まず情報の粒度が高い。
外交官が持ち込んだデバイスのGPSデータが積み重なっているのか、周辺の施設情報が自然と充実している。北朝鮮が最も管理したいエリアが、最も地図情報が豊富というのは皮肉だ。
また、各大使館の「営業状態」を見ていくと、外交の温度差がそのまま見えてくる。
イギリス大使館:Tempolaly Closed。
チェコ大使館:Tempolaly Closed
...
2020年、コロナ対応で外交官を退避させた各国大使館が、そのまま再開していない。
「一時閉鎖」の表記が4年以上続いている。
一方、インド大使館はGoogleマップ上ではOpen 24 hours。
ナイジェリア大使館も同様だ。ベトナム大使館には4年前の写真がある。
テンポラリークローズドの墓場と、地味に光り続ける大使館。
その差が、現在の北朝鮮外交の実態に近い。
また、このエリアには「平壌ショップ」という謎の店もある。
スーパーマーケットカテゴリ。閉店時間は23:06。駐在員が定期的に買い物し、そのGPSデータが積み重なって、23:06という中途半端な時刻が閉店時間として定着した、のだと思う。たぶん。
平壌グルメ3選(平壌の飲食店ラベルが示しているもの)
散歩の途中で、飲食店に寄ってみる。
① 大同江ビアバー(대동강맥주집)
国営ビアバー。英国ウィルトシャー州の老舗ブルワリーの設備を丸ごと買い取り、平壌に移設してスタートしたブランドだ。[2] 多品種のビールがタップで出てくる。ソーセージもある。観光ツアーの定番コースに組み込まれている。
社会主義国の国営店なのに、ビールだけ妙に本格的だ。
② 平壌アヒル肉専門食堂(평양오리고기전문식당)
大同江沿い、忠誠の橋たもと。アヒル料理100種類以上。オリ焼き肉、クッパ、燻製、内臓、脚、頭の煮込み。全部アヒルだ。「人気店で海外同胞・外国人観光客も訪れる」と宣伝されている。[3]
③ 平壌犬肉レストラン(평양단고기집)
1960年創業。現在は3階建て、630席。北朝鮮における犬肉は「단고기」という婉曲表現を持つ伝統料理で、この店は看板に堂々と名前を出している。数字だけが妙に具体的だ。[4]
この3店を並べると、平壌グルメの振れ幅がなかなかすごい。英国式クラフトビールと犬肉630席が同じ地図上にある。
地図のラベルは政治情報だ
私はまだ、平壌に一歩も行っていない。
それでもGoogleマップを眺めているだけで、いくつかのことが見えてくる。
ラベルがある場所は、外国人が訪れる場所だ。
国家が見せてよいと判断した場所だ。
体制が現地指導を行い、「人民のための施設」としてプロパガンダに登場させた場所だ。
ラベルがない場所は、静かだ。地図の上では、存在しないに等しい。
平壌のGoogleマップは、都市の地図という側面だけではなく、国家が外部に見せる都市の断面図だ。
ラベルの有無は都市情報ではなく、政治情報だ。
地図散歩は、ときどき都市の構造を見せてくる。
参考文献
☕️よかったらコーヒー一杯。
https://buymeacoffee.com/mink_obs
著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT、Perplexity / AI-assisted / Structure observation
Soren Johannessen "OpenStreetMap Was Faster In Mapping North Korea Than Google Maps" Geoawesome, 2024 — OSMが平壌の道路・建物で特に詳細と評価 ↩︎
The Telegraph "North Korea honours brewery shipped brick by brick from Wiltshire" 2023 — Ushers Brewery設備買収の詳細 ↩︎
KKF Online "Pyongyang Duck Restaurant" / Young Pioneer Tours "Pyongyang Duck BBQ Restaurant" / 식신 "평양오리고기전문식당" — アヒル肉専門食堂の紹介 ↩︎
For international readers
This essay explores Pyongyang not by visiting it, but by observing it through Google Maps. The article begins with a simple observation: compared to many cities, Pyongyang contains remarkably few map labels for restaurants, shops, or everyday places. Instead, most visible labels appear in locations associated with foreign visitors, diplomatic missions, or officially showcased facilities.
By following these scattered labels, the author reconstructs a kind of “virtual walk” through the city. The pattern that emerges suggests that the map does not merely reflect urban geography but also the political structure of visibility. Some locations are clearly presented to outsiders, while large portions of the city remain nearly invisible in global mapping systems.
In this sense, the map becomes more than a navigation tool—it becomes a fragmentary cross-section of how a state presents its capital to the outside world.
Keywords
Pyongyang, Google Maps, North Korea, digital cartography, map politics, OpenStreetMap, geopolitical observation, urban visibility