Li Ziqi(李子柒)という現象はどこで個人を越えたのか——そして個人に戻るまで
Li Ziqi as a Trajectory — From Individual to IP and Back
個人が、そのままの形で巨大化することはできるのか。
李子柒という事例は、その問いをかなり具体的に見せている。一人の生活から始まった映像は、やがて文化として語られ、商品として流通する。そのとき、名前は個人の外に広がり、別の速度で動き始める。そのズレが臨界に達したとき、活動は止まる。そして再開されたとき、そこには別の配置がある。この変化を、個人が一度拡張されて戻る過程として観察する。
李子柒(リー・ズーチー、本名:李佳佳)は、四川省の農村に住む一人の女性が、祖母と二人で暮らしながら撮り始めた動画から出発した。両親の離婚、父の死、祖父母のもとへの引き取り、14歳での中退と出稼ぎ。2012年ごろ、祖母の病を機に村へ戻り、農産物を売るタオバオの補助コンテンツとして動画を作り始めた——これが起点だ。[1][2]
出発点の構造はシンプルだ。売るために撮った。目的は商売で、動画は手段だった。
映像が"文化"になるまで
2015年から美拍に投稿を始め、2016年に「桃花酒」等の動画がプラットフォームの推薦枠に乗ってフォロワーが急増する。同年、杭州のMCN「微念」と提携し、IPとしての本格的な商業展開が始まる。[3]
この時期の制作体制が興味深い。李子柒本人+舅(母方の叔父)+カメラマン阿浩+アシスタント民国、という少人数チームで、撮影・編集の技術はほぼ独学だった。[4]大規模スタジオではなく、素材と時間をかけることで映像に密度を出す方法論——それが「古法」「田園スローライフ」というスタイルとして結晶した。
動画の内容は、山から桑の葉を採って蚕を育て、糸を紡いで機を織る。梅を漬ける。漆器を作る。どれも1本あたり数か月単位の実作業を経て編集される。視聴者が受け取るのは「静かで美しい中国の農村」というイメージだが、その背後には膨大な労働時間と編集判断がある。映像の"素朴さ"は、高度に設計された素朴さだ。
2017〜2019年にかけて国内外メディアへの露出が増え、2021年2月にはYouTubeの「中文チャンネル最多登録者数(1530万人)」としてギネス認定を受ける。[5]中国国内では2020年に全国青年連合会委員に選出され、「民間発の文化ソフトパワー」という政治的文脈も帯び始める。[6]
沈黙の構造
2021年7月、李子柒は突然更新を止めた。
表向きの説明は少なかったが、同年10月に杭州微念を提訴したことで背景が浮かび上がる。[7]論点はIPの権利と商業展開の過度な拡張だった。自分の名前とイメージで動く巨大な商業機構を、自分がコントロールできていない——その摩擦が臨界を超えたのだと推測される。
2022年末に和解が成立し、新体制のもとで李子柒が実質的なコントロールを取り戻したとされる。[8]しかしその後も沈黙は続き、約3年3か月(1217日)にわたって新作は公開されなかった。[9]
この沈黙の長さは単なる交渉期間の長さではないと思う。IPが「人格と切り離せるかどうか」という問いを、彼女は実地で体験していたのだろう。名前が商品になったとき、その名前の持ち主は何を失い、何を取り戻せるのか。
復帰と再定義
2024年11月12日、李子柒は新作動画を公開した。テーマは大漆——漆工芸の非物質文化遺産技法だ。「この動画は4年遅れた」と本人がコメントしている。[10]
復帰後の作品群には、蚕・機織り・植物染め・蜀錦といった複数の非遺技法が組み込まれており、「個人チャンネル」というより「民間による文化保全プロジェクト」に近いトーンになっている。復帰直後に中国内プラットフォームだけで数千万再生、世界全体のフォロワーは1億超規模に達した。[11]
観察として
李子柒という現象を一言で要約するなら「人格がIPになり、IPと戦い、人格を取り戻した話」だろう。
彼女の動画が持つ独特の静けさは、高速で大量のコンテンツが流れるプラットフォーム上で異物的に機能する。アルゴリズムが「次の動画」を促す環境で、1本のために数か月かけることの逆説的な強度がある。
同時に、その「静けさ」が中国の田園イメージと国家的なソフトパワー言説に重ねられていくことへの複雑さも見過ごせない。彼女自身がどこまで意図してその文脈に乗っているのかは不明だが、少なくとも微念との対立は「商業文脈から距離を置こうとする意志」として読める。
田園と資本のあいだで、彼女はずっと自分のペースを守ろうとしてきた。3年の沈黙は、そのための時間だったのかもしれない。
☕️よかったらコーヒー一杯。
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著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT、Perplexity / AI-assisted / Structure observation
参考文献
The China Project "Li Ziqi: a reclusive country vlogger who became an online celebrity" — 出稼ぎ経歴・帰郷の経緯 ↩︎
BrandStar "微念と李子柒の提携経緯" — MCN提携・商業展開の開始 ↩︎
163.com "制作チーム構成に関する報道" — 少人数チーム体制の詳細 ↩︎
四川省青年連合会 "第13期全国青年聯合会委員選出" — 全国青年連合会委員選出 ↩︎
知産力 "李子柒が微念を提訴" — 提訴の経緯・IP権利をめぐる対立 ↩︎
IPエコノミー "和解成立・新体制報道" — 裁判和解・経営権移転 ↩︎
Yahoo奇摩ニュース(台湾)"李子柒回歸・新片5小時全平台點閱破億" — 復帰動画・本人コメント ↩︎
BBC "Li Ziqi returns" — 復帰後の再生数・フォロワー規模 ↩︎
For international readers:
This article examines Li Ziqi not simply as a content creator, but as a case where an individual identity expanded into a large-scale IP and then partially returned to personal control. Her videos began as a practical extension of e-commerce, yet gradually evolved into a globally recognized cultural image of rural China. As her name became a commercial and symbolic entity, tensions over ownership and control emerged, leading to a long period of silence. Her recent return raises a subtle question: is this a continuation of the same personal expression, or a reconfigured position after that expansion? Rather than providing a definitive answer, this piece traces the trajectory between individuality, commercialization, and cultural framing.
Keywords:
Li Ziqi, Chinese content creator, personal brand, IP dynamics, digital labor, platform economy, cultural representation, influencer economy