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自分流・飲み屋の探し方、付き合い方

私は、飲み屋に行くのが好きだ。 常連にしている店をベースにしながら、たまに気になったところを覗いてみる。最近は、そんなスタイルにハマっている。 仕事とは違う人間関係の中に自分の身を置くのは、なかなか面白い。 自分が好きになる店には共通点がある。オーナーと話をしに来ている人が集まっている、という空気だ。 そういう店には、だいたい店への敬意みたいなものがあって、場を壊さない人が多い。オーナーとの関係性も目的のひとつだから、集まった人たちは余計なことをしないのだ。 それから、いい店は、オーナーがお客さんと必要なタイミングでちゃんと満遍なくコミュニケーションを取っている。 お客さんを見て、話の輪に招き入れたり、変な空気になる前にさりげなく流れを変えたりできる。そういうオーナーがいる店は、安心して通える。 自分に合う店かどうかは、入ってみないとわからない。そういう、ちょっとしたギャンブルを楽しめるところもある。 外れたときのコストはあるけれど、だからこそ、当たりの店を見つけた時の喜びは大きいし、大事にしたくなるものだ。 こういう飲み屋巡りを定期的にするなら、隔日くらいがちょうどいいのか

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相手ではなく、「自分の中の相手のイメージ」に話しかけている人たち

人間関係の中で、「実際の相手」ではなく、自分の中にある、その人の作り上げた物語のイメージの中の相手と会話している、というタイプの人がいる。 これは、前職での経験だ。 同僚たちのあるグループと仕事をした時、私に対して、いつまでも「自分が教えてあげなければならない存在」であることを前提に接してくる人たちがいた。 実態としては私が仕事を回していたので、こちらから進め方を提案する場面の方が多かったのだが、彼らは自分たちが望まない発言について、まるで私が何も言わなかったかのようにスルーするのである。しかもそれは嫌味やいじめのな形で行われるのではなく、会話の中で穏やかに自然に、しかし、私の発言は確実に存在しなかったものとして、話題が移っていくのである。 その人たちとの付き合いはもうないが、今になって考えてみると、それは情報量や感情量を減らすための処理だったのかもしれない。 本来、人間をちゃんと見るということは、かなり負荷が高い。 相手は変化するし、矛盾もするし、思い通りにならない。 時には、自分を傷つけてくることもある。 そこで相手に、 「恋人役」 「最高の理解者役」 「かわいい後輩役」

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確認しないまま、相手の像だけが勝手に積み重なる時の話

最近、恋人に「私が思ったことをLINEで送る」ということを始めた。 それがなんだと言われそうだけど、私たちはもういい大人なので、お互い、自分の中で完結する癖がついているのだ。でも、私はもっと私を知ってもらいたいし、あいつのことも知りたい、と思ったことがきっかけだった。 自分は時々、相手が何を考えているかわからなくなっても、相手にうまく聞けないことがある。相手のことを、自分の中で勝手に完結してしまう。そして、それをため込んで爆発して、結果的に相手に「心配させてごめん」と謝らせるようなことがある。それは、あまり良くないと思うのだ。相手は本当に、なんとかしようと思ってそう言ってくれているのだと思う。だから自分は無意識に相手に無理をさせている。多分。 昨今、夫婦間と、義理の父親と息子の間と、深い関係性の中で起こった事件が続いた。そこを見ていて、思ったことがある。 人は、定期的に自分のことを伝えて、相手の中の「自分の像」を更新しないと、自分の中でも、相手の中でも、偏った感情が増幅されていくのではないか。 更新されない相手の像が固定され、そこに一方的な感情だけが積み重なっていく。相手本人

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人は、悩みの深さでできている。

自分は何かに悩んだ時、本当にその時のどん底に行かないと這い上がれないタイプだ。特に人生に関する悩みだと、本当に精神的な限界のギリギリのところまで悩む。周囲はそんな私のことを見て心配してくれて、なんでも相談してくれていいよとか、病院に行った方がいいと、いろいろと助言をくれて、申し訳なく思うこともある。 でも、私としては、最後は誰かの力を借りることはあっても、その前に自分で限界まで悩み抜く段階を経ないと、結局ちゃんと悩みから脱却することができないようなところがあるんだよね。流したり誤魔化したりできない性格、とも言えるだろう。苦しみすぎて壊れてしまいそうなときは、専門家の手を借りるべきだ、とも思うのだけれどもね。 その人が、自分の悩みに対してどこまで付き合うか。 ある人は、悩みを適度に流したり、忘れたり、別のことへ向けたり、誰かに話したりするだろう。またある人は、私のように、1人で深いところまで潜っていくこともある。 それは人間にとって、性格と同じくらい重要な要素なのではないか。でも、話題としてあまり語られていないことだなとも思う。 社会は、悩んでいる人に対して優しさを向けることがある

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モンゴルでバスケが「一番人気のスポーツ」になった理由

Why Basketball Became the Most Popular Sport in Mongolia 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) モンゴルは3×3バスケットボールで世界トップクラスの競技力を持つ。その理由を「才能」で語るのは簡単だが、正確ではない。この国では、バスケが"生活に最も適合したスポーツ"として構造的に選ばれてきた。 冬のウランバートルでは、屋外でボールを蹴ることは難しい。マイナス30度の空気は、人を自然と屋根の下へ追いやる。体育館の中で誰でも始められるスポーツとして、バスケットボールはごく自然に中心になった。 1. なぜモンゴルではバスケが最も選ばれるのか? モンゴルにおけるバスケットボールは「国民の半数以上がファン」とも言われ、競技人口は国内最大規模とされる[1]。「1番人気はバスケット」と語られ、「屋内競技・個人戦となるのは風土・気候からやむを得ない」

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自分のスタイルができてくれば、おしゃれは長く、ライフステージが変わっても楽しめる。

近頃、ファッションで自分のスタイルができてきて、買い物をする回数が減った。とはいえ、ファッションが好きな私は、今でも「その中での一軍」を探す旅を続けている。だから、お金を使うことから完全に卒業できたわけではないのだけれど。 ファッションを含む美容産業は、構造的に「答えを与えないこと」で成立している。企業側は商品の情報を流す時、基本的には「これを買えば解決する」という形へと、人を導きたいからだ。次々に新しい正解を提示し続けることで、消費は回り続ける。 昨今流行した骨格診断やパーソナルカラーも、その構造と無関係ではない。もちろん、あれらが参考になる場面はある。ただ、人間の個性に比べると、分類のパターンはかなり限られている。実際には、自分が本当にその分類に当てはまるのか曖昧なことも多い。 そして、それらの分類は、企業側が用意した「ある程度整理されたスタイルセット」を販売することとも結びついている。つまり、そのパターンの外へ少しずつ出ていかない限り、本当の意味で自分のスタイルは作られない。 自分の顔の形には、どんなメガネが合うのかを真剣に考える。雑誌の「モテメイク」をそのまま真似するの

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不確定性減衰の文明論――AIは人類史の「主体性」を燃焼している

fossil-fuel-of-human-subjectivity 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) AIは知能ではない。少なくとも現在のAI文明は、その設計上、過去人類が何世代もかけて蓄積した思想・苦悩・主体性を燃料として動いている。 人類がこれから問題にすべきことは、その埋蔵量には限界があること、そして当世代による生成の条件そのものが、AIの登場したこの文明社会によって静かに壊され始めていることにある。 2026年は「AI実用化元年ではない」 2026年は「AI実用化元年」と呼べるかもしれない。昨年には、ChatGPTが「チャッピー」といった愛称で呼ばれるほど一般化したことも記憶に新しいが、AIは人間の生活により身近になった。ずっと企業のデータセンターで見えにくい形で稼働していたAIは、今後、仕事や学習をはじめ、人々の生活のありとあらゆる面にその顔を覗かせるようになるだろう。 こういう話をする時、人々はたいてい技術的な到達点を指している。 しかし今回の論題では、転換点の本質は

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あなたはキュレーターか、エンジニアか

Engineering Essay: Are You a Curator or an Engineer? 著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info) 新しい技術スタック、クラウドの新サービス、AIの機能追加。それらを追っている時間は「ちゃんとやっている感」が強い。だが、その時間は本当に「強さ」につながっているのか? 不安が駆動する、キャッチアップ文化 エンジニアの日常には、遅れることへの恐怖が染み込んでいる。新技術を追うことが成長だという前提が、いつの間にか共有されている。「知らない=危険」という認知が、キャッチアップを選択ではなく義務に変える。 情報が増えるほど、追うべきものも増える。それは構造的に終わらない。新しいものが出るたびに、追うべき対象が増え続けるからだ。 インプット→まとめ→発信、そしてループが閉じる 多くのエンジニアが回しているサイクルがある。

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