Li Ziqi(李子柒)はどこで“個人では足りなくなった”のか——制作体制の変遷
Li Ziqi’s Production Shift — When a Solo Creator Becomes a System
李子柒は、いつから一人ではなくなったのか。
その境界は、映像ではなく制作体制の中に現れている。
最初は、三脚を立てて一人で撮るだけだった。
カメラも編集も、すべて自分でやる。
そこから少しずつ人が入り、やがて4人のチームになる。
映像の変化は、その拡張の結果として現れている。
この過程を、制作体制の変遷から追ってみる。
制作体制については、本人や周辺から一定の説明は出ている。
ただし、取材で制作現場そのものが公開された例は少なく、実際の運用は完全には可視化されていない。
そのため、ここで見ているのは「語られている体制」と「映像から推測される体制」を重ね合わせたものになる。
このズレ自体もまた、個人がIPとして扱われる過程で生じる特徴の一つとして読める。
〜2015年:完全ソロ期
体制:本人1名
美拍への投稿初期。スマートフォンと簡易機材を使い、企画・撮影・編集・アップロードまでをすべて一人で完結させていた[1]。PremiereなどのNLE(編集ソフト)もカメラ操作も独学で習得[2]。いわば「技術的ゼロからの自力ブートストラップ期」。
ショット・編集の特徴
- 三脚固定がほぼすべて。カメラ自体は動かず、フレームの中の湯気・風・手元が動く構図。
- 「ロング(環境)→ミドル(作業)→アップ(手元)」の基本三段構成。
- カット数は少なく、編集もシンプル。トランジションはほぼカット、色調整も控えめ。
- ショット数は多くないが、背景の色・被写体の服・道具の置き方まで神経質に整えられた構図美が特徴。
「最初は全部一人で、三脚を立てて録って止めるだけ。だから今も基本は固定ショット」(本人インタビュー)
動画例:
- 「Peach Blossom Wine(桃花酒)」(2016年、最初期作)
スマホ撮影。桃の花を摘んで酒にするという一工程だけを三脚固定で追う構成で、ほぼ完全ソロ文法の原型。この時期の「動かないカメラ+動く被写体」という文法が、以降の全期間に継承される起点として読める。
※公式YouTubeチャンネルには未収録。美拍(Meipai)投稿当時の原型動画。
2016〜2017年:ソロ中心+スポット手伝い期
体制:本人+親族(不定期)
フォロワーが急増し始めても、基本的な制作体制は一人で維持。MCN側も「内容は本人制作」と説明していた時期[3]。撮影難度が上がるにつれ、舅舅(おじ)など親族がスポットで撮影補助に入るようになる[1:1]。本人はカメラを持ちながらメイン被写体でもあるという、前後で役割が入れ替わる状態。
動画例:
- 「Making a dress out of grape skins.」(2017年)
三脚固定主体。環境ロング→作業ミドル→手元アップの三段構成はすでに成立しているが、1カットを長く見せるタイプで、カット数は少ない。ソロ文法が「完成しつつある」段階の記録として読める。 - 「Definitely a bowl of art: Lanzhou beef noodles」(2017年9月29日)
調理工程の分解ショットがやや増え始めるが、パン・移動ショットは控えめ。「固定カメラを頑張って動かしている」感が残る、ソロ文法の成熟期として位置づけられる代表作。
2018〜2019年:少人数チーム移行期
体制:本人+専任カメラマン(小規模)
長期撮影・複数ロケーション・非遺(無形文化遺産)技法など、1本あたりの制作スケールが増大。専任カメラマンを入れる方向に本格的に移行[4]。
分業の内訳
- 撮影:本人+カメラマンで分担
- 企画・構成・カット割り設計・編集(カット・色・字幕):引き続き本人主導[2:1]
ショット構成の文法は変わらず、固定ショットの緻密さをベースに、素材の厚みが増していく過渡期。
動画例:
- 「A special program on New Year snacks / 年货小零食特辑」(2019年1月30日公開、制作は2018年シーズン)
10分尺・多工程。引き・寄り・手元の3段階ショットと室内外の切り返しが顕著に増え、「ソロ期文法をチームで厚くした」移行の質感が最も分かりやすい回。 - 「Spring Festival dish / 年夜饭」(2019年2月10日公開、撮影は2018年末〜2019年初)
室内の複数アングル、食卓まわりの切り返しが増え、「カメラ一人では物理的に厳しい厚み」になっている。移行期の象徴的な一本。 - 「文房四宝」系工芸回(2018年〜、受賞作《文房四宝之"墨"》につながる)
工程が長く季節を跨ぐ構成。超ロング(山・川)と極端なクローズアップ(墨・布・染料)が交互に来る編集は、少人数チーム前提の撮り方に明確に寄り始めたことを示している。
2019〜2021年:4人編成ミニマム常設チーム期
体制:本人+2カメ+1アシ(計4名)
更新停止前までに確立した、最も「完成した」体制。メンバーは李子柒本人、撮影担当の舅舅(おじ)と阿浩(小耗)、アシスタントの民国。テレビ・イベント出演時に本人が明言している[5]。
制作フロー
- 企画・テーマ・大まかな分鏡:本人が決める
- 現場での撮影分担:当日「誰がどこから撮るか」をカメラ2名と打ち合わせしながら割り振り[4:1]
- 編集・調色・字幕:「基本本人がやる」と複数のインタビューで一貫して説明[3:1]
ショット・編集の特徴
- 固定ショットがベースのまま、同一行為を別アングル・別距離で押さえた素材をつなぐ「複数カメラ前提のモンタージュ」が成熟。
- ドローン・ハイアングルによる導入・締めの「トップショット」が定番化。季節と地形を俯瞰で説明するシーンが増える。
- 「超ロング(風景)→ロング(人物+環境)→ミドル(動作)→クローズアップ(手元・質感)」という教科書的ドキュメンタリー構成がより徹底。
- 画面内に複数の動く要素を重ねる(奥で煮る、手前で刻む、窓外で雨)「静止カメラ+多層の動き」で密度を出す。
- トランジションは地味なままで、環境音+BGMとショット順で流れを作る方針は変わらない。
動画例:
- 「螺蛳粉」(2019年)
4人チーム体制が乗った完成形の一本。カット密度とスケール感が移行期から明確に一段上がり、工程の分解精度と環境ショットの格が変わっている。 - 「文房四宝之"墨"」(2019年、YouTube Creator Awardなど受賞作)※音声なし版
墨作りという長期・多工程の題材に対し、極端なクローズアップと広角の風景ショットを交互に組む構成が完成形で機能している。チーム体制なしには成立しない素材量。 - 工芸・非遺系長尺回(染め・衣服づくり・漆器シリーズ等)
季節をまたぐ長期撮影と、超ロング〜極端なクローズアップまでの多層ショットがセットになった群。4人チーム期の密度を象徴する。
→ 例① / 例②
2021〜2024年:更新停止・法廷期
体制:事実上の制作停止
所属MCNの微念との権利対立により更新停止。新作制作はほぼ停止。一部では「大漆など素材は撮影済みのまま、編集できずに眠っている」とも報じられた[6]。この期間にチームメンバーがどう変動したかは公になっていないが、「契約的に縛られていたメンバーもいる」と示唆するコメントも出ていた[7]。
2024年〜:復帰後・再編ミニマル・プロ体制期
体制:少人数チーム(詳細は非公開)
復帰後の報道では「巨大スタジオ制ではなく、依然として少人数チームで制作」「500人チーム説は誇張」と改めて強調された[8]。
現在の傾向
- 撮影:ドリー・ジンバル・ドローンの使用頻度・精度がさらに向上。複数カメラマン+外注補助を組み合わせている可能性が高い。
- 企画・編集:「構成と最終編集は本人主導」である旨が繰り返されており、「少人数の職人ユニット」という基本線は維持。
- ショット文法:初期ソロ期から続く「固定+緻密な構図」を核とした文法は変わらず、機材精度・素材量・編集の洗練度が加算されている状態。
動画例:
- 「Carved lacquer wardrobe / 大漆のタンス」(2024年、復帰作)
制作期間8カ月。ドリー・ジンバル・ドローンを総動員した撮影で、「少人数だがフルプロ仕様」の現在地を最も分かりやすく示す一本。更新停止前の4人期と比べてもさらに機材精度が上がっていることが確認できる。
体制変遷の構造的まとめ
| 時期 | 体制規模 | 制作権限 | ショット文法 |
|---|---|---|---|
| 〜2015 | 1名 | 完全本人 | 固定三脚・三段構成 |
| 2016〜17 | 1名+不定期補助 | ほぼ本人 | 同上 |
| 2018〜19 | 本人+専任カメラ | 本人主導 | 複数角度が増加 |
| 2019〜21 | 4名固定 | 本人主導 | 多層モンタージュ確立 |
| 2021〜24 | 停止 | — | — |
| 2024〜 | 少人数(非公開) | 本人主導 | 機材精度向上・文法継承 |
☕️よかったらコーヒー一杯。
https://buymeacoffee.com/mink_obs
著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT、Perplexity / AI-assisted / Structure observation
参考文献
新浪財経"李子柒早期制作インタビュー" — 美拍初期の完全ソロ制作・親族の撮影補助参加について ↩︎ ↩︎
中国日報"李子柒・2020年インタビュー" — 独学での編集習得・企画と編集を本人主導で担う体制について ↩︎ ↩︎
騰訊新聞"李子柒チーム規模に関する説明" — MCNによる「内容は本人制作」説明・編集本人担当についての複数言及 ↩︎ ↩︎
北緯網"李子柒制作フロー解説" — 専任カメラマン導入後の分業体制・現場でのカット割り分担について ↩︎ ↩︎
网易"李子柒チームメンバー構成" — 4人編成(本人+舅舅+阿浩+民国)の明言 ↩︎
楚天都市報"停更中の制作状況報道" — 大漆など撮影済み素材が編集待ちの状態にあるとの報道 ↩︎
知産力"微念との権利紛争とチームへの影響" — 契約上の拘束を示唆するコメント ↩︎
抖音"復帰後・制作体制に関するコメント" — 少人数チーム体制の継続・500人チーム説の否定 ↩︎
For international readers:
This article looks at Li Ziqi’s work not from the perspective of content style, but from the evolution of her production structure. Her early videos were created entirely alone, using fixed shots and minimal editing. Over time, however, her workflow expanded into a small team, allowing for more complex shot composition and greater material density, while maintaining the same visual grammar. The key point is that the visible style did not change dramatically, but the underlying system did. By tracing this shift from solo production to a coordinated unit, the piece explores where the boundary between an individual creator and a larger production system begins to blur, without fully resolving where that boundary ultimately lies.
Keywords:
Li Ziqi, video production, solo creator, small team production, content creation, visual grammar, digital labor, production workflow