1000notes
喧嘩がないのは、相手に深い関心がない証拠かもしれない。
ここのところ、自分が人に比べて、悩んだり悲しんだりすることが多いことに疲れていた。 けれど最近は、悩んだり悲しむことができてることに感謝したいと思っている。人に優しくなれる。優しくなりたいからそうしてるのだと。 そこに辿り着くのに、相当なものを経てきたな、と自分で思う。 諦めでも強がりでもなく、本当に視点が動いたという実感がある。 正直悩んでない人に比べて、自分は損してると思ってた。でも、こういうふうに悩んでるから自分は人に優しくなれるのだ、とふと思った。 それがちゃんと体で腑に落ちた、という感じ。 怒ったりしないとか、悩んだり悲しんだりしないということは、ある場面では多分、他人に関心が持ててないということでもあるんじゃないか。 そう言った感情の痛みを知ってるからこそ、他人の痛みに気づける。他者に共感したり関心が持てるのは、自分の中にそれと響き合うものがあるから、ということ。 逆に、意識してるかはともかく、怒ったり悩んだり悲しんだりと言った、摩擦がない生活をしてるということは、生活の中で自分が見たいものしか見てない可能性がある。 摩擦がないのが、能力なのか、単に回避してき