StructureEssay
終われないIPになぜズレを感じるのか──愛着と資本が一致すると「終われなくなる」
──続いているのに、もう生きていない Why Do Ongoing IPs Feel Distant? — When Affection Meets Capital, Endings Disappear 好きだった作品の続編が出る、という知らせを受けたとき、喜びと同時に微妙な不安が走ることがある。嬉しいはずなのに、どこかで身構えている。この感覚の正体をずっと考えていた。 1 なぜ人はIPの終わりを受け入れられないのか IPを永続させたいという欲求は、どこから来るのか。 表層では「好きなものがもっと見たい」という単純な話に見える。だが掘っていくと、そこには喪失への抵抗がある。好きなものが消えてほしくない——その感覚の核心は、自分の死への恐怖とは少し違う層にある。 自分が死ぬことへの恐怖なら、自己保存本能として整理できる。だがIPへの執着は、自分ではなく他者が作った世界への執着だ。これは何への抵抗なのか。 おそらく、「自分がそれを愛していたという事実ごと消えてしまう」ことへの抵抗だと思う。作品が完全に忘れられて消滅したとき、自分がかつてそれを愛していたという経験も、文脈を失