K-POPアイドルは、密室で作られる存在ではなくなった——少女時代、BLACKPINK、aespaから見る育成システムの変化

The Aesthetics of Not Tidying Up — How to Welcome Guests Without Decluttering or Working Harder

著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)


NetflixのBLACKPINKのドキュメンタリーを見ていて、最初に浮かんだ感想は「よくデビューできたな」ではなかった。

よく途中で辞めなかったな、だった。

四人の出発点はまったく違う。歌を中心に生きてきて、本格的なダンス経験をほとんど持たないままオーディションを受けたロゼ。ダンスには圧倒的な強みがあったが、タイから一人で韓国へ渡り、言語をゼロから覚えなければならなかったリサ。幼少期に海外生活を経験し、長い期間をYGの練習生として過ごしたジェニー。ほかの三人とは違い、韓国で比較的一般的な学生生活を送ってから練習生になったジス。

四人に共通していたのは、能力の種類ではない。長期間の評価と競争から降りなかったという一点である。実際、BLACKPINKのメンバーはいずれも五年以上の練習生期間を経てデビューしている[1]

つまりBLACKPINKは、才能のある四人を集めたグループではない。脱落者が出続ける制度を、最後まで生き残った四人である。

ここで疑問が出てくる。

このような育成は、いまでも同じ形で可能なのだろうか。

答えを先に言えば、可能ではない。ただしそれは「昔は厳しくて、今は優しくなった」という話ではない。変わったのは、練習の厳しさそのものよりも、

  • どの段階まで候補者を非公開にしておくか
  • 誰がデビューメンバーを評価するか
  • デビュー時点でどこまで完成を求めるか
  • 育成費をどうやって回収するか
  • ファンをいつから参加させるか
  • アイドル本人を、会社の作品としてどこまで管理するか

という、育成を成立させている産業構造のほうである。

以下では少女時代、BLACKPINK、aespaの三組を並べながら、K-POPが「会社の密室で完成品を作る制度」から「公開された世界でブランドと人物を同時に育てる制度」へ移っていった過程を考えたい。


1. 少女時代——大人数を同じ規格へ鍛える時代

「工業化」という言い方が、あながち比喩でなかった頃

少女時代を、第二世代の人気グループとしてではなく、大手事務所が長期間の社内育成によって大人数の完成品を作るモデルとして見てみる。

このモデルの特徴は、いま並べるとかなり明確だ。

  • 幼い年齢からのスカウトとオーディション
  • 数年単位の練習生生活
  • 歌、ダンス、演技、語学、礼儀にまたがる総合教育
  • 候補者を長期間非公開のまま比較し続ける
  • 大人数を同一のパフォーマンス規格へ合わせる
  • デビュー直前まで編成が確定しない
  • 個人よりも、まずグループ全体の商品価値を優先する

SMエンタテインメントの創業者イ・スマンが確立したとされるこの集中育成型の制度は、小学生ほどの年齢から人材を集め、数年におよぶ厳格な準備期間を課すものだった[2]

少女時代の重要性は、個性を並べたことではない

少女時代がすごかったのは、個性の強い九人をそのまま並べたからではない。むしろ逆で、異なる能力と性格を持つ九人を、社内トレーニングを通して一つの高品質な集団へ加工したことにある。

同期性、フォーメーション、歌唱配置、バラエティ対応力、ビジュアル上の役割分担まで、グループとしての総合力が設計されている。ここで求められたのは、一人ひとりが同じ技能で一番になることではない。

  • 九人にしたときに役割が重複しすぎない
  • 集団として穴がない
  • 韓国国内のテレビ、音楽番組、広告、バラエティへ広く対応できる
  • 長期間活動を継続できる関係性と忍耐力がある

この四つを同時に満たす組み合わせを、会社が内部で選び抜く。

そしてこの時代、ファンは完成後の商品を受け取る存在だった。誰をデビューさせるかは、あくまで会社内部の判断である。外からは、その過程がほとんど見えなかった。


2. BLACKPINK——長期淘汰の果てに残った四人

「同じ規格へ揃える」から「武器のある者だけを残す」へ

BLACKPINKも非公開型の育成制度から生まれている。だが、完成品の作り方が少女時代とは違う。

少女時代が大人数を同じ規格まで引き上げるモデルだとすれば、BLACKPINKは明確な武器を持つ候補者だけを残し、少人数で組み合わせるモデルだった。

  • ジェニー:ラップ、歌、英語、スター性、総合力
  • リサ:ダンスの強いアタック、ラップ、国際性
  • ロゼ:固有の歌声、音楽志向、英語圏への接続
  • ジス:低く特徴的な声、韓国的な重心、対人距離の安定感

四人は同じ能力を持っていない。むしろ、別々の強みを持つ者だけが残されたという構造になっている。

少女時代では、グループのフォーマットが先にあり、そこへ複数の役割を配置しているように見える。BLACKPINKでは、一人ひとりの人物と武器が先に立っていて、その四人を組み合わせることでグループが成立している。

したがって、一人が欠けたときの損失も大きい。BLACKPINKは会社が作ったグループでありながら、同時に四人それぞれが独立したブランドでもある——この二重性は、のちのK-POPの標準になっていく。

過酷さは、表に出る前にあった

見落としてはいけないのは、彼女たちが表に出て競争していたのではないということだ。
競争は、誰も見ていないところで行われていた。

  • 長期間の練習生生活
  • 継続的な評価と、その結果の非公開性
  • デビュー保証のなさ
  • 周囲の候補者が次々に離脱していく環境
  • 学校生活や家族との時間の喪失
  • デビューできなかった場合、費やした年月が成果として残りにくいこと

BLACKPINKは、この非公開・長期淘汰型モデルが生み出した、極端に強い完成品と言える。

しかし、この方法には高いコストがある。
会社は何年も育成費を負担する。
練習生は人生の重要な時期を賭ける。
それでもデビューの保証はない。

成功した四人だけを見れば合理的に見えるが、制度全体を見れば、大量の不確実性を抱えているのである。

この「不確実性」は、精神論ではなく金額として存在する。業界関係者の証言によれば、練習生一人あたりにかかる訓練費は月に数千万ウォン規模、一グループをデビューさせるまでの総投資は二十億ウォン規模とされてきた[3]。これが数年間、しかも回収の保証なしに積み上がる。

密室型の育成とは、回収不能なリスクを会社と練習生の双方が黙って抱え込む制度でもあったのだ。


3. aespa——世界観ごと先に設計する

連続している部分と、していない部分

aespaもSMの社内育成から生まれているので、少女時代との連続性はある。歌、ダンス、語学、パフォーマンスの総合教育。少人数の精鋭編成。会社が強いコンセプトを設計すること。この点では、従来型K-POPの延長線上にある。

だが、商品設計が違う。

  • 四人という少人数編成
  • 一人ひとりの声、顔、技能が識別しやすい
  • 現実のメンバーだけでなく、アバターや世界観を含めたブランド設計
  • デビュー時点からグローバル市場を前提とする
  • SNS、YouTube、短尺動画を通じて世界観を継続的に補足する
  • 作品、人物、企業IPが一体化している

SMがEXOやaespaのために作り込んできた架空の世界設定は、単なる販促上の飾りではなく、事業の中核として位置づけられてきた[2:1]。同社が2023年に打ち出した「SM 3.0」体制では、音楽・IP・海外展開を多角的に束ねる方針が明示されている。aespa自身も、デビュー時点から「どこにもなかった世界観」を自分たちの色として語っていた[4]

少女時代では、まず人間のグループがあり、その活動から物語が生まれた。
時代が変わり、aespaでは、人物が登場する前からどのような世界の住人として売り出すかが設計されている。

育成の対象が変わった

旧来の育成では、歌、ダンス、礼儀、語学を備えたアイドル本人を育てればよかった。

いまは、それだけでは足りない。

  • SNSで切り取られたときに人物像が伝わる
  • 海外のファンにも識別できる
  • ブランドアンバサダーとして機能する
  • 個人活動へ展開できる
  • 世界観やコンセプトを自分の身体で表現できる
  • 炎上や誤解を含む常時接続環境に耐える

これらは、練習室で反復練習して身につく種類の能力ではない。だからといって、負荷が軽くなったわけでもない。

育成は軽くなったのではなく、訓練すべき領域が変わり、評価が外部へ開かれた。


4. 3グループを比較する

観点 少女時代 BLACKPINK aespa
基本モデル 大人数総合型 少人数武器型 少人数IP型
育成場所 会社内部 会社内部 会社内部+公開環境
選出思想 集団の完成度 個人の強さと組合せ 個人の識別性と世界観適性
主市場 韓国・東アジア中心 デビュー後に世界市場へ拡張 最初から世界市場を想定
ファンの参加時期 デビュー後 デビュー後 デビュー直後から常時接続
個人ブランド グループ活動から派生 当初から非常に強い グループIPと並行して形成
会社の役割 人材を標準化する 武器を選び組み合わせる 人物と世界観を統合する
主なリスク 大人数管理、個人の抑制 個人負荷、活動の希少化 コンセプト疲労、常時監視

ただし、この表を「一直線の進歩」として読まないでほしい。

aespaも厳しい社内選考を経ている。少女時代にも強い個人性はあった。BLACKPINKにも緻密なグループ設計がある。
三組は完全に別の制度ではなく、重なり合いながら、重点が移動しているにすぎない。


5. なぜ、昔と同じ育成が難しくなったのか

5-1. SNSによって、不可視領域が縮んだ

かつて練習生は、会社の内部に隠しておけた。

いまは、過去の写真、学校生活、知人の証言、練習映像、プレデビュー活動が容易に発掘される。会社だけが人物像を管理することは、もう難しい。

同時に、SNSは候補者を早期に公開し、デビュー前から需要を測る手段にもなった。隠せなくなったことと、隠す必要がなくなったことは、同じ現象の裏表である。

5-2. 育成そのものが商品になった

サバイバル番組、YouTube、プレデビューコンテンツを通して、いまや成長過程それ自体を販売できる。

以前は、デビューできなかった候補者への投資はほぼ回収不能だった。現在は、選考過程にも視聴、広告、投票、ファンダム形成という価値が生まれる。

育成は裏方業務から、コンテンツへ変わった。

これは倫理的な改善として起きたのではない。前章で見た「回収不能なリスク」を分散させる、きわめて合理的な経営判断として起きている。

5-3. ファンが選考に参加するようになった

会社だけで決めた完成品をファンへ渡すのではなく、途中経過を見せて支持を測る。

ただしこれを「民主化」と呼ぶのは早い。ファン投票も番組編集も、企業が設計した選択肢の内部で行われている。評価者が会社からファンへ移ったのではなく、会社がファンの反応を選考装置へ組み込むようになった、と言うほうが正確だろう。

5-4. 未成年者保護と労働観が変わった

長時間練習、学業との両立、体重管理、精神的圧力、契約の不透明さは、以前より公共的な問題として扱われるようになった。

制度面でも動きがある。韓国では練習生契約の標準化が進み、報酬支給期限の明示、メンタルヘルス支援の拡充、未成年練習生の学業保障、言語的虐待や強要の禁止などが盛り込まれた改訂が行われている[5]。公正取引委員会も、大手事務所の練習生契約について不公正条項の是正を求めてきた。法制度の側から、この産業の育成過程を検証する研究も蓄積されつつある[6]

過酷な制度が消えたわけではない。しかし、成功した結果だけを見て、過程を無条件に美談化することは難しくなった。

5-5. 「完成を待つ」ことの費用が上がった

数年間まったく非公開で育成し、最後に少人数だけをデビューさせる方式は、会社にとっても練習生にとっても賭けが大きい。

しかも市場の流行速度が上がった現在、完成を待っているあいだに、想定していたコンセプトそのものが古くなる可能性がある。

だから、

  • 早期公開
  • 市場反応の測定
  • プレデビュー活動
  • 短い周期での企画修正

が合理的になる。密室で完成させる制度は、道徳的に否定されたというより、経済的に割に合わなくなったのである。


6. NewJeans——訓練の痕跡を見せないアイドル

ここでNewJeansを、比較の第四軸としてではなく、短い対照例として置いておきたい。

aespaが巨大な世界観と企業IPを前面に出したのに対し、NewJeansは説明を減らした。

  • 自然に見える人物像
  • 同世代の友人のような距離
  • 既存のK-POPらしさを薄めた映像
  • 楽曲とビジュアルの統一された感覚
  • 予告をほとんど行わない、突然の登場

デビューは大掛かりなティーザーを積み上げるのではなく、MVの公開によるサプライズという形をとった。プロデューサーのミン・ヒジンは、音楽・ビジュアル・マーケティング・事業運営が有機的に一体化したときにはじめて成立する、という趣旨の考えを語っている[7]。同時に彼女は、「コンセプトのためのコンセプト」を作りたくなかったとも述べていた[7:1]

ここで重要なのは、その自然さもまた、高度に設計された商品だったという点である。

古いK-POPが「完璧に訓練されたアイドル」を見せたのに対し、NewJeansは訓練の痕跡を見せないアイドルを作った。訓練が減ったのではない。訓練の見せ方が反転しただけだ。

そしてこの反転は、必然的にひとつの問いを残す。

企業が作った自然さと、本人の主体性は、どこで分かれるのか。

この問いは、のちに事務所との紛争という形で表面化することになるが、そこへ踏み込むと本稿は育成論から契約・ガバナンス論へ移ってしまう。ここでは問いだけを置いて、詳細は別の記事へ譲る。


少女時代の時代、厳しさは会社の内部にあった。長期間練習し、会社の評価を通過し、完成した者だけが表へ出た。

BLACKPINKでは、その制度が少人数精鋭型として極端な完成度に達した。

aespaの時代には、従来型の訓練に加えて、デビュー直後から世界中の視線、SNS、ブランド、コンセプトを背負う必要が生まれた。

著者(霧星礼知)が仮に「選考の無期限化」と呼んでいる現象がある。かつて選考には終わりがあった。デビューという一点を越えれば、少なくとも「選ばれるかどうか」の局面は終わった。いまはそこが終わらない。デビューは選考の終点ではなく、公開された評価環境への入口になった。

以前は、会社の密室で評価された。

いまは、会社、ファン、アルゴリズム、広告主、海外市場から、同時に評価される。

だから結論はこうなる。

K-POPの育成は、厳しさを失ったのではない。
「閉じられた選抜」から、「終わりのない公開評価」へ移行したのだ。


最後に、BLACKPINKへ戻る。

彼女たちを見て「よく生き残ったな」と感じるのは、正しい感想だと思う。
ただしそれは、現在の目で過去の制度を見ているからでもある。

あの密室での長期淘汰は、いまの基準で見るからこそ異様に見える。

そして、いまのアイドルもまた、別の場所で生き残り続けなければならない。彼女たちが十年後に振り返られるとき、私たちが当たり前だと思っているこの「常時公開・常時評価」の環境もまた、異様なものとして見えるのかもしれない。

昔は、デビューまでが選考だった。

いまは、デビューした後も、選考が終わらない、ということなのだ。


☕️よかったらコーヒー一杯。
https://buymeacoffee.com/mink_obs

著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT、Perplexity / AI-assisted / Structure observation


参考文献


  1. 윤준필「블랙핑크 "연습생 5년, 독기 품고 버텼다"(인터뷰②)」TenAsia, 2016. ↩︎

  2. Reporter, “Lee Soo Man: The ‘King of K-pop’ on his career, the global music industry, and what comes next,” Milwaukee Independent, 2026. ↩︎ ↩︎

  3. Clara Hong, “How Much Does It Cost To Debut A K-pop Group?,” Soompi, 2016. ↩︎

  4. 연합뉴스(聯合ニュース)「에스파 '어디서도 볼 수 없던 세계관, 저희만의 색깔이죠'」, 2021. ↩︎

  5. Diya Mukherjee, “South Korea Updates K-pop Trainee Contract Rules,” Outlook Respawn, 2026. ↩︎

  6. Neville Yip, “How Effective Are South Korea’s Labor and Contract Laws in Safeguarding Minors in the K-pop Trainee System,” Lecture Notes in Education, Psychology and Public Media, vol. 113, 2025. DOI:10.54254/2753-7048/2025.NS26998 ↩︎

  7. 泉夏音「ミン・ヒジン、NewJeansを成功に導いた異端の発想『トレンドを無視した方がむしろ創意に富む』」Real Sound, 2024. ↩︎ ↩︎


For international readers

This essay traces how the K-pop trainee system shifted from a closed-door model that manufactured finished idols in secrecy—epitomized by Girls' Generation's large-scale standardization and BLACKPINK's grueling multi-year survival selection—to an open model in which brand, worldview, and person are cultivated simultaneously in public, as seen with aespa's IP-driven approach and NewJeans' studied naturalness. The argument is that rigor in K-pop idol training has not disappeared; it has moved from a closed selection process to an unending, publicly visible evaluation.

Keywords

K-pop, trainee system, idol industry, Girls' Generation, BLACKPINK, aespa, NewJeans, SM Entertainment, YG Entertainment, fandom, IP business