技術企業だからといって、技術ばかりを見ていてはいけない。
一見すると矛盾しているようだが、私はむしろそう思っている。
技術は重要だ。だからこそ、真剣に見なければならない。しかし、技術とべったりになった瞬間に、企業の視点は驚くほど短絡的になる。
「次は何を導入するか。」
「どのモデルが勝つのか。」
「どのフレームワークへ移行するべきか。」
もちろん、それらは重要な問いである。
しかし、それだけを追いかけ始めると、本来考えるべきことが見えなくなる。
顧客にどんな価値を届けたいのか。
組織として、どんな能力を蓄積したいのか。
五年後、十年後も変化に適応できる状態とは何か。
技術は、その問いに答えるための手段であって、問いそのものではない。
これは企業だけの話ではない。
個人の技術者も、特定の技術そのものに関心が止まっていると、やがて成長が停滞する。
新しい製品を覚える。
新しい構文を学ぶ。
新しいフレームワークを使えるようになる。
それ自体は必要なことだ。しかし、そこで学びが止まれば、技術が入れ替わるたびに、また最初から追いかけ直すことになる。
本来、技術者が蓄積するべきなのは、個別技術の知識だけではない。
なぜその設計が必要なのか。
どの制約に対して、どの選択をしているのか。
変化が起きたとき、どこまでを維持し、何を捨てるべきなのか。
複数の技術に共通する構造を見抜き、状況に応じて選び直せる能力こそが、長く残る。
技術を学び続けているのに成長している感覚が薄いとき、足りないのは新しい知識ではなく、技術から一歩離れて見る視点なのかもしれない。
だから私は、技術との距離感が、企業だけでなく技術者の成熟度も表すのではないかと思っている。
新しい技術を過大評価して飛びつく企業もある。逆に、過小評価して変化を拒む企業もある。
個人も同じだ。
流行しているという理由だけで飛びつくこともあれば、慣れた技術に執着して、新しい可能性を拒むこともある。
どちらも、技術に振り回されているという点では変わらない。
本当に強い企業は、技術を冷静に観察する。
本当に強い技術者も、技術を冷静に観察する。
可能性は真剣に評価する。
しかし、それを目的にはしない。
必要になれば使う。
必要でなければ使わない。
技術ではなく、自分たちが積み上げたい能力を中心に意思決定をする。
技術は、企業を強くすることもあれば、企業を硬直させることもある。
技術は、技術者を成長させることもあれば、その視野を狭い場所に閉じ込めることもある。
その違いは、どの技術を選ぶかではない。
技術との距離感を、最後まで保ち続けられるかどうかにあるのだと思う。