文豪フレンズ

睡眠薬というものは、今ではもう、昔ほど危険なものではないらしい。

昔の睡眠薬は、量を間違えると本当に危なかった。

その代表格として出てきたのが、

芥川龍之介が服用したことで知られる、ベロナールである。

......あ。

ベロナール芥川。

いや何だ、ベロナール芥川って。

薬の名前と文豪の名前が並んだだけなのに、妙に完成している。

ベロナール芥川。なんかもう、文学史上の人物ではない。

業界の有名人だ。

「ああ、この件はベロナール芥川さんでいきましょう」みたいな。

……

待って。

芥川龍之介がベロナール芥川なら、

親しい人たちの間では龍ちゃんだな。

龍ちゃん。

急に近い。

日本近代文学を代表する短編作家が、一気に近所の友だちになった。

「龍ちゃんまたいらんこと考えすぎてるよ」と言える距離に来てしまった。

そして龍ちゃんがいるなら、

金ちゃんもいる。

夏目漱石。本名、夏目金之助。

まごう事なき金ちゃんだ。

でも、これは少し難しい。漱石に詳しい人しか気づかない。

「金ちゃんって誰?」

となって、三秒後に、

「あっ……金之助か」

となる。

この時間差がいいなあ。

……ウンウン。

潤坊もいる。

谷崎潤一郎は潤坊でしかない。

潤坊、また足について書いてるわ。

相変わらずだよあいつ。

何かを隠そうともしないんだよ。

性癖をそのまま出しているのに、最終的には文学になっているんだよ。

天然の職人なんだよ。

一方、田山花袋はターやん。

あるいはカティー。

私生活を作品にしてさ。

じめっとした湿度担当でさ。

潤坊が美学へ昇華するなら、カティーは、まだ部屋に湿気が残っているんよ。

……

そして、

林ちゃん。

森鴎外の本名は森林太郎だから、林ちゃん。

あいつは地元の秀才。

あいつは昔から何でもできた。

あいつは医者にもなる。

あいつは官僚にもなる。

あいつは小説も書く。

あいつは翻訳もする。

あいつは子どもの名前には妙な漢字をあてる。

全部まとめて林ちゃん、まじ林ちゃん。

ただし、林ちゃんには別形態がある。

出身地から呼ぶと、

津和野くん。

「ああ、津和野の森くんね」

という、地元の人しか知らない呼び方になる。

偉人ではない。

昔から出来のよかった近所の子である。

そしてドイツの話を始めた瞬間だけ、

OG。

オージー。

「独逸ではね」

が始まる。

林ちゃん。津和野くん。OG。

人格が三形態ある。

……

ここまで来ると、もう止められない。

日本近代文学史が、ご近所さんの自治会へ変わっていく。

志賀ちゃんは議事録担当だ。

要約が異常にうまい。

二時間の議論を、

ごみ置き場について意見あり。
結論、現状維持。

で終わらせる。

「志賀ちゃーん、感情の経緯は?」

「不要です」

議事録の内容は神。

ただし説明を切りすぎる。

キクチ・カーンは自治会長である。

自治会を法人化する。

会報を作る。

賞を作る。

出版社を作る。

気づいたら全国組織になっている。

本人がいなくなったあとも、制度だけが残る。

諸悪の根源というより、

建国者である。

カーフーは夜になると歩いている。

別に巡回を頼まれたわけではない。

勝手に歩いて、勝手に観察して、勝手に自治会報向けに提出する。

カワビィは雪を見て黙っている。

静かだが、いるだけで場の温度が下がる。

その横で、きみちゃんは急に体を鍛え始める。

平岡家のきみちゃん。

本人は大規模なキャラ変に成功したつもりだが、

近所の人には全部バレている。

「きみちゃん、また何か始めたの?」

と言われる。

……

そんな人らをわき目にしながら、

ヒデちゃんは最後に、

「要するに」と言う。

自治会の議論を全部聞いたあと、

誰も頼んでいないのに本質をまとめる。

シバリョーは広報担当である。

歴史上の人物を、ものすごい熱量で紹介する。

自治会報なのに連載が始まる。

評判になる。

そのうち、

「この企画、シバリョー通した?」

と言われるようになる。

業界人である。

マーク・トーソンは身内の話を書く。

島崎藤村なのだが、マーク・トーソンと呼ぶと、急に海外ブランドになる。

ただし書いていることは、かなり身内である。

書かれた方は恥ずかしいでは済まない。

……ふう。

散々ふざけたけど、たぶん人間は、偉人を好きになるのではなくって

その人のことを、近所の人みたいに呼べるところまで知りたくなるのだ。

作品を読んで、

思想を知って、

私生活を知って、

だんだんと、

この人は龍ちゃんだな、

この人は金ちゃんだな、

と思い始める。

そうして気づく。

あたしが好きな文豪一覧は、

そのまま自治会の名簿になっている。

日本近代文学史とは、

おそらく自治会である。


おまけ:設定資料

ニックネーム元の文豪自治会での特徴
龍ちゃん芥川龍之介考えすぎ。不安を名文に変換する。睡眠薬の話になると「ベロナール芥川」が召喚される。
金ちゃん夏目漱石猫を書いたのに犬派。大家族の父。胃を痛めながら自治会副会長を務める。
潤坊谷崎潤一郎「性癖を文学に昇華した職人」。美学へのこだわりが異常。
ターやん / カティー田山花袋私生活を全部作品にする。湿度担当。『蒲団』の人。
林ちゃん森鴎外地元の秀才。肩書が多すぎる。子どもの命名センスが独特。
津和野くん森鴎外地元モードの林ちゃん。「昔からできる子」感が強い。
OG(オージー)森鴎外ドイツ思想が起動した状態。「独逸ではね」が口癖。
カーフー永井荷風散歩・観察・日記担当。深夜徘徊しても違和感がない。
カワビィ川端康成雪を見て黙る。静かなのに存在感が強い。
きみちゃん三島由紀夫平岡家のきみちゃん。大規模なキャラ変を試みるが近所には全部バレている。
キクチ・カーン菊池寛自治会を法人化する。賞・出版社・組織を作る文壇の建国者。
志賀ちゃん志賀直哉議事録担当。要約が神。ただし説明を切りすぎることがある。
ヒデちゃん小林秀雄批評担当。自治会で最後に「要するに」と総括する。
シーバくん司馬遼太郎熱量で歴史人物を生き返らせる。史実と演出の境界が時々あやしい。
シバリョー司馬遼太郎業界人モード。「この企画、シバリョー通した?」と言われる。
トーソン / マーク・トーソン島崎藤村身内を題材にしがち。海外ブランド化した呼び名。