因幡のピョン太郎 〜White Rabbit Story〜
因幡の白兎という話がある。
白兎が海を渡りたい。
しかし船がない。
そこでワニに声をかける。
「君たちと兎、どちらが多いか数えてあげるよ。向こう岸まで一列に並んで」
ワニは並んだ。
親切である。
白兎はその背中を踏んで海を渡った。
そして最後の一匹のところで言った。
「本当は数えるためじゃない。お前たちを踏み台にして渡りたかっただけでーす!」
なぜ言った。
黙って岸へ上がればよかった。
詐欺を働いたうえ、被害者の目の前で成果報告まで行っている。
ワニは怒った。
そりゃ怒る。
ワニ側は、
一列に並んだ。
背中を貸した。
最後まで黙って協力した。
悪いところが一つもない。
全面的にピョン太郎が悪い。
ワニはピョン太郎の毛を剥いだ。
ここだけ聞くと残酷だが、事件名を正確に付ければ、
因幡海峡ワニ集団欺罔事件(いなばかいきょう・わにしゅうだん・ぎもうじけん)
である。
加害者は白兎。
ピョン太郎である。
ピョン太郎はワニの怒りによって全身ずるむけになり、泣いていた。
そこへ大国主が通りかかった。
大国主もたぶん、
「お前何やっとんねん」
とは思った。
しかしピョン太郎が、うるうるした目で見つめてくる。
耳を少し伏せている。
声もいつもより細い。
大国主は言った。
「……まず水で洗え。蒲の穂にくるまれ。話はそれからだ」
しょうがねえな、と思ったのである。
ピョン太郎は言われたとおりにして、元の白い毛を取り戻した。
すると急に元気になった。
「あなたこそ、この国を治める方です!」
「お兄さんたちは姫を得られません!」
助けてもらった瞬間に、最大級のヨイショを始めた。
未来予知まで付いている。
...いやそういうとこだぞ、ピョン太郎。
大国主は思った。
こいつ、恩人を持ち上げる速度が速すぎるな。
しかも状況判断だけは妙に鋭い。
深く関わると何かに巻き込まれるタイプだな。
大国主は優しいので、ピョン太郎を追い払わなかった。
ただし心の中で、
知人。友人ではない。
の棚に置いた。
その後、大国主はワニのところへ行った。
「例の兎、どういう人物なんですか」
ワニは言った。
「人物ではなく兎ですが、かなり危険です」
「虚偽の比較調査を持ちかけ、我々を一列に並ばせました」
「実態は海上移動のための無断利用です」
「最後に自分から犯行を開示しました」
大国主は言った。
「だいぶ悪質ですね」
ワニは言った。
「ええ。投資詐欺です」
「現在、国主さんを次期統治者だと吹聴しています」
「権力者への早期接近型です。お気をつけください」
大国主は言った。
「助けちゃったな……」
ワニは言った。
「救護判断は正しかったと思います」
「ただし、融資と連帯保証は避けてください」
少し離れたところから、ピョン太郎がこちらを見ていた。
うるうるした目で。
耳を少し伏せて。
大国主は言った。
「……かわいい顔をするな」
ワニは言った。
「そういう手口です」
ピョン太郎は、自分の可愛さをわかっている。
目を潤ませる角度も知っている。
耳を伏せるタイミングも知っている。
声を細くすべき場面も知っている。
大国主が聞く。
「君、また何か企んでない?」
ピョン太郎が答える。
「……ぼく、そんなふうに見えますか?」
大国主が言う。
「その顔やめろ」
ワニが言う。
「国主さん、それです」
「そこから契約書が出てきます」
ピョン太郎本人には、たぶん悪意がない。
自分が可愛い。
だから助けてもらえる。
それは世界の自然法則である。
その程度に考えている。
成功体験が多すぎて、倫理観が歪んだ小動物。
可愛いは免罪符ではない。
親切なワニ一族を騙し、背中を踏み台にし、最後に煽った事実は消えない。
ピョン太郎。
お前は許さん。
可愛い顔をしてもダメだ。
ピョン太郎は、耳を伏せた。
「……ほんとうに?」
大国主は目をそらした。
ワニは言った。