← 1000notes

LingOrmを見て、芸能界が「スターシステムIP」から「空気感IP」へ変化していると感じた話

最近、LingOrmというユニットにハマっている。

LingOrmは、タイのGLドラマ界で注目を集める女性俳優2人によるペアだ。
作品内の関係性だけでなく、イベントやSNSを含めた「空気感の共有」によって強い支持を得ている。
私はGLドラマというジャンルをしっかり見てきたわけではなかったが、とてもおしゃれなこの二人のファッションを見て、すっかりハマってしまった。

タイのBL・GL文化は、ドラマや音楽、ファンイベントを通じて、「関係性そのもの」を長期的に楽しむIP文化として発展してきた。
特に、俳優同士の距離感や空気感が大切にされており、作品の外側でも「物語の続きを感じさせる」運用が行われているのが特徴だ。
その結果、タイのBL・GL文化は、現実とフィクションを完全に切り分けず、「曖昧さごと楽しむ」独特のファンダム文化として成立している。

こうした文化は、外から見ると、どうしても最初はSNSを利用したファンサービスや、カップリング商法、疑似恋愛IPのように見えやすい。
もちろん、産業構造としてはそういう側面もある。
ただ、その上に乗っている「空気」はかなり独特だ。

タイのGLには、関係性を「定義」するより、「二人の間に流れているもの」を長く漂わせる文化がある。
LingOrmがまさにそうだが、「本当に付き合ってるの?」という問い自体、少しズレている感じがある。
「何という関係か」より、「どういう温度が流れているか」が重視されているからだ。

そういう意味では、K-POPやアメリカの音楽系IP文化とは、少し違う方向に進んでいるようにも感じる。
K-POPやアメリカの音楽IPは、強く明確なスター性や自己表現、世界観の提示を中心に組み立てられているため、「この人を好きになる」という構造が強い。

一方で、タイGL周辺は、スターシステムだけではなく、「関係性の空気を共有する」方向にかなり振っている。
だからファンも、「推しを崇拝する」だけではなく、「この空気感が好き」「この距離感が好き」という感覚そのものを楽しんでいるようなところがある。
IPというより、半分「空間文化」に近い。
「空気感IP」と呼べるものかもしれない。

近年の時代背景では、むしろ従来のスターシステムは成立しにくくなってきているというか、限界が見え始めている感じがする。
アーティストを含め、関係者全員がどこか息苦しそうに見える。
そういう意味では、「空気感IP」のほうに未来を感じる。

昔のスターシステムは、「遠い存在を見上げる」ことで成立していた。
しかし今は、SNSによって距離が近くなり、常時人格運用、炎上リスク管理、理想像の維持、「リアルさ」の要求、私生活まで含めた消費が発生している。
その結果、演者側もファン側も、疲弊しやすい構造になっている。

しかも現代は、「強い自己」を提示し続けること自体のコストがかなり高い。
だからK-POPやアメリカ型IPは、完成度こそ高いものの、システム全体が常に何かを維持し続けなければならないという緊張感を抱えている。

一方で、「空気感IP」は、人格を固定しすぎない。
関係性や雰囲気を中心に置くことで、「存在を過剰に消費しなくても成立する」。

もちろんGLにも求められる像はある。
ただ、従来のスターシステムよりは少し緩やかなところがあり、「神格化されたスター」というより、「なんかこの二人の空気いいな」で成立している部分が大きい。

つまりファンが消費しているのは、「完成された人格」ではなく、「関係性から発生する空気」なのだ。
だから演者側も、常時100%のスター性を維持し続けなくても、ある程度成立する余白がある。

現代は、「私はこういう人間です」と存在を強く提示し続ける圧力がかなり強い。
でも本来、人間の感覚はもっと曖昧で、「なんとなく好き」「空気が合う」のような連続的な感覚の方が大きい。
タイのBL・GL文化は、その曖昧さを無理に白黒化せず、「この空気が続いてほしい」という感覚ごと共有している。
それは、真実を暴き切ろうとするSNS時代とは逆方向にある、現代的な関係性表現なのかもしれない。

その「少し人間に戻れる余白」が、今の時代にはかなり大きい気がする。
「空気感IP」は、SNS時代の疲労に対する、新しい適応なのかもしれない。