何もないけん、Welcome おおいた――懐かしい風景、ツッコミどころ、溢れる豊かさ

Nothing Much Here, but Welcome to Oita: Nostalgia, Nitpicks, and an Overflowing Abundance

著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)


今成佳奈の「Welcome おおいた」という歌がある。
聴くと、途中まではほぼ全編ツッコミどころしかないのに、最後の一節でなぜか泣きそうになる、不思議な観光キャンペーンソングだ。

この一曲の中では、大分県民が普段は照れて言えない「好き」を、真正面から口にしている。

曲としては、とても綺麗だ。広がりがあって、郷土への愛情に満ちている。

ただ、大分について多少知っている人間からすると、途中まではかなり忙しい。
「いや、田舎を美化するな」「海と山があれば豊かということにするな」「不便さを情緒で包むな」と、ほぼ全編にわたって総ツッコミを入れたくなる。

それなのに、最後に来る「懐かしい風景」「海山の幸」「溢れる豊かさ」のあたりで、急に効いてくる。この違和感から書きはじめたい。

ちなみに私は大分の人間ではない。ここに書くのは、大分市内の飲み屋で聞いた話、大分出身の友人に赤入れされた話、特急にちりんで近くに座ったおじさんの話を、あとから並べ直したものだ。現地の人に何度も「それは違う」と直されながら、少しずつ覚えていった大分を、愛のある観察という形で記したつもりである。


1. 大分人、まず自分の県をけなす

大分出身者に「大分ってどんなところ?」と聞くと、かなり早い段階で 「何もないけん」 が返ってくる。

「何もないけん」は自己紹介

大分人は、自分の県が田舎であることをよく分かっている。市内や別府はまだ知名度があるが、それ以外の地域は、県外で説明しても伝わりにくいことも承知している。大分出身の芸能人が出身地を前面に出さないことについても、「そら隠すわ。田舎やけん。何もないけん」と、自分たちで理由を理解している。

ただし、他人には言わせない

ここが大事なところで、大分人自身が「大分なんか何もない」「市内以外は、ど田舎やけんね」「温泉くらいしかない」と言うのはいい。

ところが県外人が、愛も解像度もなく「大分って地味だよね」「温泉しかなくない?」「九州でも影薄いよね」と言った瞬間、空気が変わる。

「なん?」「海山の幸があるやろが!」「豊の国なんよ?」

自虐は自己紹介であって、他人への使用許可ではない。先に自分で笑いに変えておくことで、雑に評価される主導権を、外へ渡さない。
これは防御としての自虐でもある。

「しんけん」と「よだきい」

大分の人と話していると、割とよく耳にする言葉がある。「しんけん」を付けると、感情の強度が伝わる。
しんけんうれしい。しんけん暑い。しんけん腹立つ。説明の精度ではなく、本気度を運ぶための副詞だ。

さらに上位に「しらしんけん」がある。
しんけんでは足りない、本当に必死、本気の最上位――だが、この語をどれくらいの頻度で使うかは、話者によってかなり差がある。

そして「よだきい」。面倒、だるい、気が進まない、億劫――全部まとめて「よだきい」で畳む。
問題を解決する前に、まず「よだきいなあ」で感情と作業意欲を同時に閉じる、便利な言葉だ。ただし、この語の使用頻度にも地域差があり、県北ではあまり使わないという声もある。

※大分の方言には県内でも大きな地域差がある。中津・日田・玖珠・国東・大分市・佐伯などで語彙も語尾も異なり、研究上は少なくとも4区分、細かい分類では10区分ほどに分かれるとされる。小藩が分立していた歴史も、地域ごとの言葉の個性が強い理由のひとつらしい。本稿で使う言葉は、大分弁全体を代表するものではなく、大分市内や県出身の知人、移動中に出会った人々から、実際に聞いた範囲に基づいている。

「市内」はひとつしかない

大分県内で単に「市内」と言えば、基本は大分市内を指す。別府も佐伯も日田もあるのに、「市内」は事実上ひとつだ。「大分市内」とわざわざ全部言うのは、県外向けの説明モードに入ったときだけである。


2. 地名が、とにかく乱暴

大分人かどうかを見分ける、初歩の関門がある。

「竹田」と「国東」が読めるか

竹田を「たけた」と読める。国東を「くにさき」と読める。この二つだけで、だいたい判定できる。県外の人間には、そもそも読みづらい地名が多すぎる。

九重・くじゅう・久住

九重町は「ここのえ」。ところが九重連山や九重「夢」大吊橋は「くじゅう」。
おまけに近くには久住町があって、こちらも「くじゅう」。
九重はここのえ、山はくじゅう、久住もくじゅう。

観光客に、文脈で読み分けろと平然と要求してくる。

由布院と湯布院

自治体や駅の名前は「由布院」。観光地・温泉地としては「湯布院」。
由布市があり、由布院駅があり、湯布院温泉がある。

同じ地域の周りに「由布」「由布院」「湯布院」が同時に立っていて、統一する気がまるでない。

豊後大野市

平成の大合併で生まれた豊後大野市。三重町、清川村、緒方町、朝地町、大野町、千歳村、犬飼町をまとめて「豊後大野市」になった。
旧三重町が中心だった感覚を持つ世代からすると、「なんで大野町が偉い顔しちょん」となる。
まあ大野郡だったので、行政上の理屈は通る。ただ地元の感情としては、大野町が合併後の市名を持っていったように見える。
全部大野郡ではある。だが、大野郡の中の地域全部が同じではない。平成の大合併の乱暴さが、市名ひとつに詰まっている。


3. 大分にとって、道路は文明そのものだった

大分は海に開けて見えて、実際には山に囲まれている。
福岡方面へ出るにも、熊本方面へ横に抜けるにも、移動がしんけん大変だった。単なる田舎というより、感覚としては「陸の孤島」に近い。

1996年、ようやく西へ抜けた

大分が九州の西側と高速道路で結ばれたのは、そんなに昔の話ではない。鳥栖JCTから山を越えて大分へ至る大分自動車道(高速自動車国道としては九州横断自動車道長崎大分線)が全線開通したのは、1996年11月26日。大分IC―大分米良IC間がつながって、ようやく鳥栖から大分までが一本になった[1]。いま40歳前後の人が子どもだった1980年代後半から90年代前半には、福岡と大分を横断する高速すら、まだ完成していなかったことになる。

2016年、ようやく北の小倉とつながった

もっと最近なのが、北への接続だ。東九州自動車道の椎田南IC―豊前IC間が開通し、福岡県内に残っていた最後の未開通区間が埋まったのが、2016年4月24日。これで北九州市から大分市、さらに宮崎市までが、高速道路一本で連続してつながった[2]。小倉と大分市が高速だけで直結したのは、2016年。かなり最近だ。

だから、高速道路がなかった世界線での、あの感覚は、単なる誇張ではない。

小倉に行こうとする → アメリカ大陸横断

久留米や熊本へ横に抜けようとする → ジャングルクルーズ

延岡へ行こうとする → いかんでええか

延岡へ行かないのは、愛情不足ではなく、道路事情だ。「東九州自動車道がないと無力感が大きくなる」が、大分ではわりと普通に成立する。

国道10号を走り続けた両親

現在40歳、宮崎市在住の友人が、こんな話をしてくれた。

幼い頃、東九州道がまだつながっていなかった時代に、両親が宮崎市から大分圏にあるサンリオの遊園地・ハーモニーランドまで、下道で連れていってくれたという。

子ども側の記憶は、「キティちゃんに会いに行った」だ。

だが、親側の一日はこうだ。
早朝に出発する。延々と国道10号を走る。長時間の運転。途中で子どものトイレ。
帰りも、同じ距離。愛情を、まるごと走行時間へ変換した家族旅行だった。

キティちゃんの背後には、黙って国道10号を運転し続ける両親がいる。この距離を知ってから聴くと、「懐かしい風景」の解像度が変わる。


4. 陸の孤島だったが、閉じてはいなかった

ただし、大分を「陸の孤島」と呼ぶとき、外界から完全に閉ざされた土地だったと考えるのは、少し違う。

陸路はたしかに弱かった。福岡へ出るにも時間がかかり、熊本へ横に抜けるには山を越え、宮崎方面へ向かえば国道10号を延々と走ることになる。

だが、海路のほうは強かった。別府港や大分港からは、瀬戸内海を経由して関西方面へ向かうフェリーがあり、道路よりも船のほうが、県外へ出る現実的な選択肢として強い顔をしていた時代がある。

つまり大分は、山には閉ざされていたが、海には開かれていた。
陸の孤島ではあった。しかし、閉鎖的な土地だったわけではない。

外の文化や都市への関心があって、都会への憧れも比較的まっすぐ持っている。
その背景には、福岡へ向かう陸路だけでなく、船の向こうに関西が見えていたことも、関係しているのかもしれない。
「何もないけん」と自虐しながら、外から来る人を受け入れる明るさがある。

『Welcome おおいた』の「Welcome」は、閉じた土地の自己賛美ではない。海の向こうへ向かって、よかったら来てな、と言える土地の言葉なのだと思う。

なお、陸の孤島のラスボスには宮崎が控えている

陸の孤島の話をすると、かならず背後に宮崎が控えている。
大分人が「昔はしんけん不便やったんよ」と語るそのすぐ横から、国道10号の彼方より「甘えるな」と現れる、陸の孤島界隈のラスボスである。

宮崎については、また別の機会に書きたい。


5. 田舎コンプレックスと、まっすぐな都会への憧れ

大分人は、田舎コンプレックスも地元愛も強い。その一方で、都会への憧れを、かなりまっすぐに持っている。
「東京すげえ」「まあ福岡は何でもある」「都会は便利でいいなあ」と、素直に思う。
コンプレックスをこじらせて都会を敵視する、という方向にはあまり行かない。

地元は好き。都会は羨ましい。その両方が、同時に、無理なく同居している。
都会へ出たあとも、大分を急に洗練された土地として語り直したりはしない。
「大分は田舎やけど、帰ると落ち着くんよ」くらいの温度で持っている。郷土愛が誇大広告にならず、都会への憧れも敗北感になりきらない。そこが、なんというか、可愛い。

みどり牛乳が立っている

大分駅の、少し洒落たカフェスタンドがある。キッチンスペースへ目をやると、あの緑色の、みどり牛乳のパックが見えることがある。

表では、都会の駅にあるような顔で、コーヒーを出している。けれど、その奥で使われている牛乳は、しっかり大分の生活圏のものだ。

都会への憧れはある。新しいものも好きだ。でも、足元の暮らしまで、都会のふりをするわけではない。少し洒落た店の奥に、みどり牛乳が立っている。その感じが、妙に大分らしい。


6. 郷土愛は、「省電力モード」で待機している

普段の大分人は、大分出身であることを、そんなに強く主張しない。だが、あるスイッチが入ると、一気に起動する。

藤波辰爾やばいっちゃおじさん

特急にちりんの車内で会ったおじさんがいる。小倉文化圏の影響もあってか、普段は標準語に近い、福岡寄りの言葉を話していた。そこへ県外人が、何気なく「プロレスラーの藤波辰爾って国東出身ですよね?」と話を振った。

その瞬間、抑えられていた地元の言葉――というより、北部九州の言葉と混ざり合った、彼自身の話し方が、一気に濃くなった。
「やばいっちゃ!」「そうなんよ!」「藤波は国東なんよ!」――以後、ほぼ「やばいっちゃ」しか言わなくなった。

なお「~っちゃ」は、大分でも耳にする語尾だが、北九州や豊前側とも地続きの言い回しで、大分だけの固有語ではないらしい。
ここで面白いのは、方言の分布そのものより、普段は抑えていた地元の話し方が、地元の話題ひとつで一気に濃くなった、その瞬間のほうだ。

方言を捨てていたわけではない。郷土愛が起動するまで、省電力モードで待機していただけだ。
県外人が、国東や藤波辰爾という局所的な地元情報に触れた瞬間、同郷意識が爆発する。

しかもそれが、大分と宮崎を縦に結ぶ、東九州そのものみたいな列車の中で起きた。個人的には、重要な一次資料だと思っている。

これは、飲み屋と列車で拾った民俗調査だ

念のため書いておくと、この記事の大分像は、観光情報から作ったものではない。
大分市内の飲み屋で聞いた話。大分出身の友人からの修正。にちりんで偶然会ったおじさん。宮崎出身者の家族旅行の記憶。駅や道路で、実際に感じたこと。

県外の人間が仮説を立て、地元の人に「それは違う」「それは市内だけ」「上の世代はそう思う」「それは大分人っぽい」と赤入れされながら、
少しずつ精度を上げていった大分だ。
県民性ネタというより、飲み屋と列車と駅と道路で拾った、小さな民俗調査に近いと思ってください。


7. 別府インターの「キリ」、津久見駅の「なごり雪」

別府インターの「キリ」

別府インターのあたりを高速で走っていると、遠くに大きな字で「キリ」と書いてある。
最初は宗教看板かと思うくらい、二文字だけが強く見える。
だが意味は、霧。「この先、霧が出ますよ」という、道路側からの強い警告だ。

温泉都市・別府へようこそ、ではなく、まず「キリ」で迎えられる。高速道路が文明を運んできても、自然現象の圧は、しっかり残っている。

津久見駅、なごり雪とクマゼミ

津久見駅では、列車の接近メロディに「なごり雪」が使われている。ピアノアレンジで、これが恐ろしくいい。
原曲の感傷をそのまま押し出すのではなく、駅の空気になじむように、輪郭がすこし薄くなっている。

有名な曲が流れている、というより、津久見駅そのものが、何かを思い出しているように聞こえる。

夏になると、そのピアノの背後で、セミが大合唱している。

雪の歌と、真夏のセミ。字面だけなら、潰し合いそうな真逆のシーンだ。

でも、実際には逆で、情緒に触れる効果が倍加する。
セミの声は、夏休みを連れてくる。夏の終わり。おじいちゃんとおばあちゃんの家。帰る日の夕方。子どもの頃の、あの長い夏。クマゼミは、いま、この瞬間の夏を、猛烈に鳴いている。
そこへ「なごり雪」のピアノが重なる。雪の記憶としてではなく、もう戻らない夏の記憶として。まだ夏の真ん中にいるのに、この夏もいずれ過去になると、先に知らされる。

まだ終わっていないのに、終わりを思い出させられる。この駅は、それをホームで、平然とやってくる。


ここまで、大分について散々ツッコんできた。

地名は読めない。表記は揺れる。
自治体名は乱暴。道路がなければどこにも行けない。

大分人はすぐ自虐する。すぐよだきがる。都会に憧れる。自分の県を、笑いの題材にする。

でも、そのすべてを知ったあとで「Welcome おおいた」を聴くと、歌の意味が変わる。

「懐かしい風景」は、もう抽象的な観光風景ではない。

特急にちりんの車窓。別府インターの霧。国道10号を走り続けた両親。大分市の飲み屋。豊後大野市への不満。九重や湯布院の読みにくさ。真夏の津久見駅。クマゼミの声。ピアノの「なごり雪」。
笑い話と、不便さと、生活の記憶が、全部そこに入っている。

「海山の幸」も、県外へ向けた宣伝ではない。
本当にそれしか誇れるものがないと思いながら、それでも本気でいいと思っている、地元のもののことだ。
「溢れる豊かさ」も、観光コピーではない。
豊後、豊前、「豊の国」という名前を持つ土地が、照れながら、自分の豊かさを認めている言葉だ。

「Welcome おおいた」は、大分を無邪気に美化する歌ではない。
普段は「何もないけん」「田舎やけん」「しんけんよだきい」としか言えない大分人が、一曲だけ、自分の故郷を真正面から褒めることを許された歌だ。

自分たちなら、いくらでも笑う。道路の不便さも、地名の分かりにくさも、自治体の乱暴さも、田舎であることも、全部ネタにする。

でも他人に、愛なく雑に笑われることだけは許さない。
本当は知っているからだ。懐かしい風景がある。海山の幸がある。溢れる豊かさがある。それを普段は照れて言えないだけで、大分人は、しらしんけん分かっている。

だから最後の「Welcome おおいた」が効く。
これは観光客への歓迎だけじゃない。故郷を離れた人への「帰ってきてええよ」であり、大分人が大分へ向けて言う――まあ、なんだかんだ好きなんよ、という、あの照れ混じりの告白でもあるのだ。


☕️よかったらコーヒー一杯。
https://buymeacoffee.com/mink_obs

著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT、Perplexity / AI-assisted / Structure observation


参考文献


For international readers

"Welcome Oita" is a promotional song for Oita, a prefecture on the eastern side of Japan's Kyushu island. This essay argues that the song's emotional power comes from a specific local psychology: people from Oita mock their own home relentlessly—its unreadable place names, its long-isolated roads, its plainness—yet will not tolerate an outsider mocking it carelessly. Here, self-deprecation is a form of self-introduction, not a permission slip handed to others. The piece is assembled not from tourist brochures but from bar talk, chance encounters on trains, family memories, and corrections offered by locals. It ends where the song does: with a shy, roundabout way of admitting affection for home.

Keywords

大分, Welcome おおいた, 郷土愛, 自虐, 愛がある大分いじり, 大分弁, しんけん, よだきい, 東九州自動車道, 大分自動車道, 津久見駅, なごり雪, 地方, ローカルアイデンティティ

Oita, Welcome Oita, hometown pride, self-deprecation, affectionate teasing, Oita dialect, Higashi-Kyushu Expressway, Oita Expressway, Tsukumi Station, Nagori Yuki, regional identity, local identity


  1. Wikipedia"大分自動車道" — 1996年11月26日に大分IC–大分米良IC間が開通し、鳥栖JCT–大分米良IC間が全線開通した経緯。 ↩︎

  2. 西日本高速道路(NEXCO西日本)"東九州自動車道(椎田南IC~豊前IC間)は平成28年4月24日(日曜)に開通します" — 2016年4月24日の椎田南IC~豊前IC開通で、北九州市から宮崎市までが南北一本の高速道路で接続された経緯。 ↩︎