ストーカー対策というと、防犯カメラや通報、接触制限といった話になる。
もちろんそれらは重要だ。
しかし、今回はあえて少し違う方向から考えてみたい。
ストーカー行為の前段階には、多くの場合「理想化」が存在するのではないだろうか。
相手を好きになること、それ自体は問題ではない。
問題なのは、相手そのものではなく、自分の頭の中で作り上げた人物像に執着してしまうことだ。
その上で、ストーカー対策のアドバイスを一つだけするとしたらその答えは、
「スクリーンを叩き割れ」ということかもしれないと思う。
もちろん本当に叩き割るわけではない。
叩き割るのは、「相手が見ている自分の像」である。
人は他人を好きになる時、実際には相手そのものを見ていないことがある。見ているのは、自分の頭の中に映し出された像だ。
優しい人。
理解してくれる人。
自分を受け入れてくれる人。
そうした期待が少しずつ積み重なり、一枚のスクリーンに映像が投影される。
やがてその像は本人よりも大きくなる。
本人は疲れて不機嫌な日もあるし、どうでもいいことで笑うし、面倒くさがりかもしれない。
しかしスクリーンの中の人物は違う。いつも理想的で、いつも期待に応えてくれる。
ストーカーが追いかけているのは、多くの場合その人物ではない。スクリーンの中の幻影だ。
だから対策として重要なのは、執着が始まってから止めることではない。その前に、像を結ばせないことだ。
相手が勝手に物語を書き始める前に、スクリーンを叩き割る。
「そんな立派な人じゃないですよ」
「結構性格悪いですよ」
「思ったより面倒くさいですよ」
そういう現実を見せる。
そこでは、毒舌は意外と役に立つ。
ユーモアも役に立つ。少し皮肉っぽい笑いは便利だ。
理想化は真面目さを好む。冗談を嫌う。
人を神様にしたい人は、その人が自分を茶化し始めると困るのだ。
「この人は完璧ではない」
その事実は、期待を持つ人にとっては少し残念かもしれない。しかしそれは悪いことではない。むしろ健全なことだ。
人は人でしかない。誰かの人生を救う主人公でもなければ、運命の相手でもない。ただの人間だ。
だからスクリーンを叩き割る。
映画が始まる前に。投影が始まる前に。
その向こうにいるのが、現実の人間であることが見えるように。