ここ数ヶ月、ITシステム構築のPMとして担当していた案件で、かなり強く感じたことがある。
最初、この案件は「AIオーケストレーションOSSをAWS上に安全に導入する」という文脈で始まっていた。だから当初は、閉域構成、アウトバウンド制御、Proxy、認証、ログ、運用更新方針といった、いわゆる「AI導入基盤」としての論点整理を進めていた。
ただ、整理を進めるほど、違和感が大きくなっていった。
自分が確認していたのは、データがどこを流れるのか、AIオーケストレーションOSSのDBには何が保存されるのか、Python実行を許可するのか、外部SaaS連携をどう扱うのか、AI出力責任は誰が持つのか、AIが業務判断に関与するのか、マスキングは本当に成立しているのか、閉域環境で更新運用をどうするのか、といったことだった。
進めると見えてきたのは、これが単なる「AI導入案件」ではない、ということだった。
AIが業務データを横断し、ワークフローを実行し、Pythonコードを動かし、ファイルを生成し、他システムと連携し、業務判断の一部に関与する。構造としては、かなり「AI業務システム」に近い。
つまり、途中で案件が変質したというより、論点整理を進めたことで、「最初から何の案件だったのか」が露出してきたのである。
結果、最終的には発注を検討していた顧客側で「要件を再整理しよう」という話になり、案件は一旦停止となった。
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もしここを整理せず、「まずPoCを進めましょう」で走っていたら。
案件は後続プロセスも無事に受注できたかもしれない。しかし、「これはPoCに収まらないセキュリティグレードを求められるのではないか」「社内で外部SaaS申請が必要ではないか」「Python実行責任は誰が持つのか」「AI誤判定時の責任はどうするのか」「そもそも誰の責任範囲なのか」「これは本当にAIオーケストレーションOSSベンダー案件なのか」といった問題が、もっと後ろの工程で噴き出していた可能性は高い。
だから自分の感覚としては、「案件を止めた」というより、「案件の実態を、設計可能な粒度まで噛み砕いて論点の俎上に載せた」という感覚に近かった。
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ただ、この結果を成功と呼べるのかは難しい。
むしろ一般的な企業活動としては、「まず受注して前に進めること」の方が評価されやすく、私の行動は、ブレーキを踏んだものとして見えるのかもしれない。
実際この感覚は、現在自分が所属している組織の評価軸とは、かなりズレているようだった。
上司に今回のしんどさや違和感を話した時、「もっと大変な案件もある」という反応が返ってきた。
その言葉自体に悪意があったとは思っていない。むしろ、組織側から見ると自然な感覚なのだと思う。
多くの組織で「大変な案件」という時、それは、調整量が多い、炎上している、利害関係者が多い、政治的難易度が高い、スケジュールが厳しい、無茶な要求が飛んでくる、といった、「案件を止めずに前へ進め続ける難しさ」を指していることが多い。
実際、大企業案件では、そういう推進力は本当に必要になる。完全に条件が揃った状態で始まる案件なんてほとんどないし、走りながら調整しなければ成立しない案件も多い。
だから、「とりあえず進める」「調整でなんとかする」「後で考える」という文化にも、ある種の合理性はある。
ただ、自分が今回見ていたのは、少し違うレイヤーだった。
見ていたのは、そもそも成立条件が整理されているか、責任境界が成立するか、セキュリティ等級に耐えられるか、AI業務システムとして定義可能か、「AI導入」と「AI業務実行」の境界がどこにあるのか、といった、「案件そのものの成立性」だった。
つまり、同じ「大変」でも、見ている対象が違う。
こちらとしては、「進める前に定義しないと危険なもの」が見えている。しかし推進を重視する企業文化の中では、その行為自体が、「慎重すぎる」「難しくしている」「ブレーキを踏んでいる」「前向きではない」と見えやすい。
でも、自分としては別に止めたいわけではない。
むしろ逆で、「成立させたいから、先に条件を見ている」。
後工程で現場が破綻しないように、早い段階で「成立可能な形」に落としたいだけなんだと思う。
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今回改めて感じたのは、自分にとって本当に価値がある仕事は、「案件を止めずに走り切ること」そのものではなかった、ということだ。
もちろん推進力は必要だし、現実には不確定なまま進めなければいけない場面も多い。
むしろ、止めて失注するより、止めずに受注して大失敗した方が評価が高くなる、なんてこともある。
それが組織の歪みでもあるし、ある種の合理性でもある。
失敗のコストが個人に帰着しにくい大組織ほど、そうなりやすい。
でも、自分が本当に価値を感じるのは、成立条件を可視化すること、スコープ誤認を見抜くこと、危険な責任境界を露出させること、「これは別カテゴリ案件では?」を定義すること、事故が起きる前に構造を整理することの方だった。
つまり、「案件の進行耐久度」ではなく、「案件の成立性」を扱う仕事に、自分は価値を感じている。
そして今回の論点整理は、単なるリスク管理ではなく、「この案件は本当は何なのか」を定義し直すと同時に、自分の職業倫理や価値観を問い直す仕事だったんだと思う。
止めたいわけではない。成立させたいからこそ、先に成立の条件を見ている。だから求めているのは、推進を否定しない場所ではなく、成立性を担保したうえでの推進を、仕事として成り立たせてくれる場所だ。自分が感じているこの価値をきちんと評価し、不完全でも一緒に成立を目指そうとしてくれる場所について、真剣に考える時が来たみたいだ。