なぜタイでは「テレビスター」が生き残ったのか— LingOrmから見るテレビ局主導型IPの進化
Why the "Television Star" Survived in Thailand: The Evolution of Broadcaster-Led IP, as Seen Through LingOrm
著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)
最近、タイの俳優ユニットのイベント映像を見ていて、少し不思議に感じることがあった。
俳優のイベントなのに、まるで音楽ライブのように始まるのである。
大掛かりなオープニング映像が流れ、楽曲に合わせて登場し、ダンスや歌唱パフォーマンスが続く。見ているうちに、「これは俳優のファンミーティングなのだろうか」と思うようになった。
その代表例がLingOrmである。
LingOrmは、タイのGLドラマ『The Secret of Us』で共演したLingling KwongとOrm Kornnaphatのペアだ。ドラマ終了後もイベントやブランド活動を継続し、現在では作品を超えたスターIPとして活動している。
最初は単なる演出の違いだと思っていた。
しかし調べていくと、そこにはタイの芸能界が持つ独特な構造が見えてきた。
第1章 なぜLingOrmは歌うのか
俳優なのに歌う。踊る。ファンミーティングを行う。ブランドアンバサダーも務める。
この問いを立てた瞬間に、すでに日本や韓国の芸能文法を持ち込んでいる。日本や韓国では、歌手・アイドル・俳優は比較的明確な職種として整理されている。だからLingOrmが歌うことを「奇妙」と感じる。
しかしタイでは、その境界線が薄い。LingOrmが歌うのは、彼女たちが「歌手だから」ではない。「スターだから」である。スターとは、ドラマに出て、歌って、イベントに立って、ブランドを背負う存在のことだ。職種の話ではなく、存在の話である。
歌うことは職業的越境ではなく、スターである証明として機能している。
第2章 Channel 3はテレビ局なのか芸能事務所なのか
LingOrmが所属するChannel 3は、タイの地上波テレビ局だ。しかし日本の感覚でテレビ局と呼ぶと、少しずれる。
日本ではテレビ局、芸能事務所、イベント会社はそれぞれ別の機能を持った組織が担う。テレビ局はコンテンツを放送し、事務所はタレントを管理し、イベント会社がライブを運営する。それぞれが独立した利益体として存在している。
Channel 3は違う。ドラマ制作、俳優のマネジメント、ファンイベントの開催、スポンサーとのタイアップを、ひとつの組織が一体として運営する。これはテレビ局というより、スタジオシステムに近い。一人のスターを中心にして、複数の収益経路を同時に回す設計だ。
霧星礼知はこの構造を仮に「テレビスターシステム(Television Star System)」と呼んでいる。タレントを長期育成し、作品出演・イベント・広告・ファンコミュニティまでを包括的に運営する、テレビ局主導の統合型IP管理の形式である。
LingOrmはこのシステムの中で育ったIPであり、個人の才能と同時に、構造の産物でもある。
第3章 昭和日本との意外な共通点
この構造を見ていると、遠い記憶が浮かぶ。
昭和の日本では、テレビ局が育てたスターがドラマ、歌番組、バラエティを横断して活動することが珍しくなかった。黒柳徹子はドラマに出て、バラエティを司会して、歌を歌った。石原裕次郎は俳優でありながらシンガーとして国民的スターになった。森光子は舞台と歌と司会を並行した。彼女たちは「女優」でも「歌手」でも「司会者」でもなく、「スター」として認識されていた。
LingOrmにも同じ構造がある。Lingは女優であり、Ormは女優であるが、ファンが呼ぶのは職業名ではなく人の名前だ。「女優のLingを見たい」ではなく「Lingを見たい」。人格が職業を超えて先に立っている。
現在の日本の芸能が職種別に整理されていく一方で、タイはその分業化を経由しなかった。経由しなかったことで、別の進化形が残った。
分業化しなかった芸能の形が、昭和テレビのスター文化とLingOrmを思わぬ形でつないでいる。
第4章 なぜこの仕組みが残ったのか
構造には理由がある。
日本の人口は約1.2億人、タイは約7000万人だ。市場規模が小さい。俳優だけで成立するキャリア、歌手だけで成立するキャリアを維持するには、国内市場の厚みが必要になる。タイではその厚みが十分ではなかった。
結果として、一人のスターから複数の収益源を作る構造が合理的な解になった。ドラマで認知を作り、イベントで熱量を高め、ブランドアンバサダーで収益を広げる。LingOrmという単位が、俳優としてではなくIPとして機能するのは、この構造的合理性の結果だ。
市場の制約が、分業化ではなく統合化という方向に芸能を進化させた。
第5章 SNSが古い仕組みを復活させた
かつてテレビスターシステムは、小さな国内市場への対応として機能していた。しかし現在の状況は違う。
LingOrmのファンは、中国、台湾、香港、日本、東南アジアに広がっている。タイ語が読めなくても、Xでリアルタイムに反応し、YouTubeで切り抜きを消費し、Weibo上で熱量を共有する。かつて「国内に閉じた構造」だったものが、SNSの普及によって国境を越えた。
ここで重要なのは、この国際展開がファンダム側から自然発生したという点だ。テレビ局が海外進出戦略を描いたのではなく、作品が先に走り、ファンがそれを国境の外に持ち出した。Channel 3はそのあとからプラットフォームを整備した形に近い。
テレビ局主導のスターシステムという「古い仕組み」が、SNSによる国際ファンダムという「新しい回路」と結合した。LingOrmはその接続点に立っているIPだ。
構造は古い。しかし古さが弱点ではなく、SNS時代に再び力を持った理由になっている。
LingOrmはGLドラマの成功例として語られることが多い。それは正しい。しかし構造的にはもっと面白い場所にいる。
彼女たちはアイドルでもなく、単なる俳優でもない。テレビ局が育てるテレビスターという古い仕組みが、SNS時代において意外な有効性を取り戻した例として見ることができる。
タイ芸能界を観察していると、新しいものを見ているはずなのに、どこか昭和テレビの匂いがする。それは単なる懐かしさではなく、分業化しきらなかったことで残った別の進化形の匂いだ。
☕️よかったらコーヒー一杯。 https://buymeacoffee.com/mink_obs
著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT / AI-assisted / Structure observation
For international readers
This article examines the structural logic behind LingOrm, the Thai actress duo from Channel 3, through the lens of what the author calls the "Television Star System." Unlike the specialized career paths of Korean idols or Japanese actors, Thai broadcasters have long managed talent in an integrated model — combining drama production, live events, brand partnerships, and fan community operations under one roof. This structure, born from the constraints of a smaller domestic market, has proven surprisingly well-suited to the SNS era, where international fandoms form organically across borders. LingOrm is not simply a GL drama success story; they are a product of an older entertainment architecture that found new relevance in the age of social media.
Keywords
LingOrm, Thailand entertainment, Channel 3, television star system, Thai GL drama, idol industry, fan culture, Southeast Asian media, タイ芸能, テレビスターシステム