ロックマンはなぜニューヨークへ行ったのか——嘉門達夫「WE ARE ROCKMAN」と謎の「SUSHI」
Why Did Rockman Go to New York? — Tatsuo Kamon's "WE ARE ROCKMAN" and the Mysterious "SUSHI"
著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)
1. 『ロックマンズサッカー』のCMソング
『ロックマンズサッカー』の古いCMを見ていて、妙なことに気づいた。
CMソングを歌っているのは、嘉門達夫。
1994年の嘉門達夫は、替え唄メドレーの大ヒットを経て、毎月のように新作を出していた時期にあたる。人気者をゲームCMに起用すること自体は、そこまで不思議ではない。
おかしいのは曲のほうだった。
曲名は「WE ARE ROCKMAN」。ゲームのタイアップなら、ロックマンの名前を叫び、サッカーをして、必殺シュートを決め、Dr.ワイリーを倒しそうなものだが、この曲はそちらへ行かない。
そして妙なことに、この曲はラップソングとしてトラックそのものの出来がやたらいい。
ROCKMANという名前を「ROCK」と「MAN」に分けて読み、なぜかニューヨークへ向かう。
気になってクレジットを調べ始めたら、謎が謎を呼び、思っていたよりずっと深いところまで来てしまった。
この記事はその記録である。
2. 「WE ARE ROCKMAN」の基本情報
確認できること
発売元ビクターエンタテインメントの公式ディスコグラフィによれば、「WE ARE ROCKMAN」のオリジナル発売日は1994年5月11日、名義は嘉門達夫、レーベルはVictorである[1]。2024年には配信限定で再リリースされている。
この年、嘉門達夫は「MONTHLY TATSUO KAMON 1994」という企画で、毎月Chapterと名づけた作品を出していた。「WE ARE ROCKMAN」はそのChapter 5にあたる[2]。
楽曲データベース上のクレジットは次のとおりである。
- 作詞:嘉門達夫、SUSHI
- 作曲:SUSHI
- 編曲:SUSHI
作詞・作曲はJOYSOUNDの楽曲情報で[3]、編曲までを含む一式はタワーレコードの商品データで確認できる[4]。JOYSOUNDでは関連情報として『ロックマンズサッカー』が紐づけられている。また2002年、カプコンが「ロックマン」15周年を記念してCMソングやテーマソングをまとめたコンピレーションにも、この曲は収録されている[5]。ロックマン関連曲としての位置づけは、後年の公式側の扱いからも確かめられる。
SUSHIの比重
注目したいのはSUSHIの担当範囲である。
英語の歌詞を少し手伝った、という程度ではない。作曲と編曲を一人で担い、作詞にも共同で名前がある。曲の骨格を作った中心人物の一人と考えるのが自然だろう。
ところが、このSUSHIが何者なのかが分からない。
3. 曲の中身
歌詞については著作権があるので本稿に引用はせず、構成だけを書く。
具体的な歌詞の内容は脚注リンク先を参考にしてほしい。[6]。
サッカーが出てこない
まず、サッカーに関する言葉が一つも出てこない。CMソングとしてはかなり思い切っている。
曲は英語のラップ調のパートで始まり、「ニューヨークは夢がつかめる街だ」と語り出す。直後に日本語パートが来て、同じ内容を「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」式の口上で言い直す。
英語で語られたニューヨークの夢を、嘉門達夫が見世物小屋の呼び込みのように日本語へ移していく構造になっている。
英語パートには、日本の子ども向けCMソングとしてはかなり際どいスラングも混じっている。
ROCK + MAN
サビでは「ROCKMAN」が繰り返されるが、ここでのロックマンは青いロボットの固有名詞としてだけ扱われていない。ロックンロールは世界共通の言葉で、みんなで歌えば地球は一つになる、という流れの先に「ロックマンは世界を救う」が置かれる。
意味の流れを単純にすると、こうなる。
ロックマン → ROCK MAN → ロックをする人 → ロックは世界の言葉 → 世界がつながる → 世界を救う
後半では舞台が東京に移り、今度は東京へ来てみなよ、と誘う。桜、侍、ファミコン、すき焼きといった記号が、日本語と英語の両方で並べられる。
さらに関西弁の挨拶や悪態が短く連打され、ニューヨークと東京が手を組めば未来は明るい、というところへ着地する。
肝心のDr.ワイリーが登場するのは終盤になってからで、「闇の帝王」として一度名前が出るだけだ。
名前をばらして全面的に作り直す
この曲の創作上いちばん面白いのは、既存キャラクターとしてのロックマンを紹介するのをやめて、「ROCKMAN」という名前そのものを分解し、そこからニューヨークとロックと世界平和の話を組み立ててしまったところにある。
商品名を素材にして、別の世界観をまるごと一つ作っている。替え唄で既存の曲を分解し組み替えてきた嘉門達夫の手つきとも通じるものがある。
それにしても、なぜニューヨークなのか。そして、そもそも誰がこの企画に嘉門達夫を呼んだのか。
4. クレジットの「SUSHI」
現在の配信サービスやデータベースに残っているのは「SUSHI」という表記だけで、本名もプロフィールも付いていない。
しかし、知りたいのは、そのSUSHIが誰なのかだ。
1994年のクレジットに残された「SUSHI」という五文字から人間を復元しなければならない。
そこで範囲を広げて、同じ時代の音楽制作者を探してみた。
1990年代の音楽制作の周辺を調べていくと、ちょうどAtsushi "SUSHI" Kosugiという人物が見つかった。
AtsushiだからSUSHI。しかも、この人は1994年当時、ニューヨークにいる。
5. Atsushi "SUSHI" Kosugiという人
公開資料から確認できる範囲で経歴を整理する。
確認できること
音楽業界誌Musicmanのインタビューで、このKosugi氏はニューヨークの制作会社BEAT ON BEAT, INC.のプロデューサー/ディレクターとして紹介されている[7]。インタビューによれば、バークリー音楽大学に留学したのちニューヨークへ移り、1988年頃から音楽制作の仕事を始め、1992年からBeat On Beat Studioの建設に取りかかり、1993年に開業している人物だ。
本人のLinkedInプロフィールでも、Atsushi Kosugi(a.k.a. SUSHI)の名義、Beat On Beat, Inc.、ニューヨーク都市圏、バークリー音楽大学の在籍歴が確認できる[8]。
「WE ARE ROCKMAN」が出た1994年5月の時点で、Kosugi氏はすでにニューヨークで自分のスタジオを動かしていたことになる。
6. 名義・時期・職能の重なり
並べてみる
「WE ARE ROCKMAN」のSUSHI:
- 表記は「SUSHI」
- 1994年
- 作詞(共作)・作曲・編曲
Atsushi "SUSHI" Kosugi:
- "SUSHI"というニックネームを実際に名義として使っている
- 1994年にはニューヨークで制作会社とスタジオを運営
- 作曲・編曲・プロデュースを含む音楽制作が仕事
もちろん、これだけで同一人物だとは言えないのだが、名前だけでなく、時期と職能まで重なっている。
データベース上では別項目になっている
一方、タワーレコードのデータベースでは、嘉門達夫作品の「SUSHI」と、後述するソニック作品の「Atsushi SUSHI Kosugi」は別々のアーティスト項目として登録されている[4:1][9]。
ただし、これだけで別人とは言い切れない。音楽クレジットでは本名、愛称、略称など複数の名義が使われることがあり、古い作品ほど後世のデータベースで完全に名寄せされているとは限らないからだ。実際、今回も「SUSHI」「Atsushi SUSHI Kosugi」「Atsushi "SUSHI" Kosugi」と表記が揺れている。
いずれにしても、現在のデータベースから両者を直接つなぐことはできない。
7. 「ニューヨーク」という舞台
ゲーム内容にはさほど関連がない
『ロックマンズサッカー』にNEW YORK CITYが出てくる必然性は、ほとんどない。ゲームの設定を追っても、ロックマンというキャラクターを追っても、この曲がここまでニューヨークにこだわる理由は説明しにくい。
仮説を置くと
ところが、製作者のSUSHI=Kosugiだと仮定すると、話の通りが急によくなる。
- ニューヨークを舞台にした英語パート
- 東京とニューヨークをつなぐという発想
- 日本のゲームキャラクターを、アメリカ的な「ROCK MAN」として読み替える構造
こうした要素に、ニューヨークで制作をしていた人物が曲の骨格を作った、という文脈が与えられるのである。
英語パートと日本語パートが対訳のように組まれている点も、英語側を書ける人と、それを日本語の口上に移す嘉門達夫の分業として読むと、わりと素直に理解できる。もちろんここは筆者の推測である。
嘉門達夫の側にもあった英語
公平のために書いておくと、英語やアメリカへの関心は嘉門達夫の側にもあった。
同じMONTHLY TATSUO KAMON 1994のChapter 1には「英会話教室」という曲が入っている。Chapter 2の「マーフィーの法則」は、アメリカ発の同名書籍を下敷きにした曲で、作詞クレジットには原著の出版社名が並んでいる[4:2]。
ニューヨーク志向のすべてをSUSHIの存在で説明するのは無理がある。
嘉門達夫自身が1994年に英語ネタを続けていたところへ、ニューヨークの制作者が加わった。そう考えるほうが実態に近いのかもしれない。これも推測である。
8. 同じシングルに入っていた「スラング講座」
3分間の「謎のトラック」
この企画のニューヨーク/英語志向は、「WE ARE ROCKMAN」一曲の中では終わらない。
ビクターの公式情報によれば、Chapter 5は次の5トラックで構成されている[1:1]。
- WE ARE ROCKMAN
- 小市民(こどもの日ヴァージョン)
- スラング講座
- WE ARE ROCKMAN(オリジナル・カラオケ)
- 予告篇 Chapter 4
3トラック目が 「スラング講座」 である。
タワーレコードのデータでは収録時間はちょうど3分[4:3]。CD上に独立したトラックとして収録されている。音源は未確認のため、内容や形式は不明である。
同じChapterに置かれていること
気になるのは、「WE ARE ROCKMAN」と同じChapter 5の中に、わざわざ3分間の「スラング講座」という音声企画が置かれていることのほうだ。
「WE ARE ROCKMAN」そのものも、ゲームCMソングとしてはかなり特殊な作りになっている。
ROCKMANをROCK + MANに分解する → ニューヨークへ行く → 英語のラップを入れる → 東京とニューヨークを結ぶ
そのすぐ後ろに「スラング講座」まで置かれている。
MONTHLY TATSUO KAMON 1994という企画全体には「英会話教室」など英語を題材にした別の作品もあり、これだけをSUSHIと結びつけることはできない。それでも、そのChapter 5という一つの商品単位で見ると、英語やアメリカ文化への関心が「WE ARE ROCKMAN」だけで終わっていないのは興味深い。
ただし
タワーレコードのデータでは、「スラング講座」のクレジットにSUSHIの名前はない[4:4]。
そのため、次のようなことは現時点では言えない。
- 「WE ARE ROCKMAN」の英語パートを解説する内容だった
- SUSHIが制作に関与していた
- 英語話者が出演していた
- ニューヨーク文化を紹介する内容だった
ここではあくまで、同じChapterに「スラング講座」という3分間の独立トラックまで存在する、という事実だけを置いておく。
それだけでも十分に妙である。
9. ビクターとの接点
「WE ARE ROCKMAN」はビクターから発売されている。
翌1995年、ビクターから発売されたSMAP『SMAP 007〜Gold Singer〜』では、ニューヨーク録音のコーディネートとマネジメントをAtsushi "SUSHI" Kosugi(Beat On Beat, Inc.)が担当している[10]。
Kosugi氏本人もMusicmanのインタビューでSMAP作品への参加を語っている[7:1]。後にはビクターのaosis recordsでプロデューサーを務め、2000年の『Kiroron 1 ~Kiroro Melodies~』では、鎌田俊哉氏と「N.Y在住のプロデューサー」Kosugi氏によるプロデュースチーム「do swing」として名前が出ている[11]。
少なくとも「WE ARE ROCKMAN」の翌年には、Kosugi氏はビクター作品のニューヨーク制作に関わっているのである。
10. Kosugi氏の、その後の「ゲーム音楽」への関わり
SEGAの公式資料
Kosugi氏の名前は、その後ゲーム音楽の世界ではっきり確認できる。
SEGAのソニック公式サイトに掲載された、サウンドディレクター床井健一氏のインタビュー(2007年の『ソニックと秘密のリング』について)では、主題歌のボーカル探しの相談先として、Kosugi氏が「長年協力を頂いているNYのプロダクション」BEAT ON BEATの人物として紹介されている[12]。NYのスタジオでKosugi氏が写った写真も掲載されている。
2001年の『ソニックアドベンチャー2』のサウンドトラックでは、「Lovely Gate 3」「I'm A Spy」の編曲者としてAtsushi SUSHI Kosugiの名前がある[9:1]。
ファン運営のデータベースSega Retroには、Kosugi氏が1994年頃からSEGAの仕事を継続的に請けていたこと、1998年の『ソニックアドベンチャー』で音楽プロデュースとレコーディングのコーディネートを担当したことなどが記載されている[13]。同データベースは、1994年のメガCD作品にKosugi氏のクレジットがあるともしている。(ファンによる記録で、一次資料での裏付けはない。)
線が一本になる
「WE ARE ROCKMAN」のSUSHIと同一人物だとすると、さらにキャリアの上に一本の線が引ける。
- 1994年:日本のゲームキャラクター「ロックマン」を、ニューヨークとロックの文脈へつなぐ曲を作る
- その後:日本のゲーム音楽と、ニューヨークのミュージシャンをつなぐ仕事を長く続ける
ロックマンのCMソングとソニックのボーカル曲が、同じ人の仕事として並ぶことになる。カプコンとセガという組み合わせも含めて、話としてはかなり面白い。
11. 「英語パート」を歌ったのは誰か
もう一つ、大きな謎が残っている。
「WE ARE ROCKMAN」の英語パートは、日本語パートとはかなり印象が違う。主要なデータベースでは、歌唱者は嘉門達夫とだけ記載されている。
主要なデータベースでは歌唱者は嘉門達夫とだけ記載されている。ただ、それだけでは英語パートまで本人が歌ったのかは分からない。古い作品のデータベースには、実際の録音参加者がすべて残っているとは限らないからだ。
いわば「クレジットの余白」である。
英語パートを歌った可能性があるのは、たとえば次の人たちだ。
- 嘉門達夫本人
- SUSHI
- 別のセッションミュージシャンやラッパー
どれにも証拠がない。英語パートをSUSHIが歌った、と書くことはできない。
ただ、SUSHI=Kosugi説が正しいなら、ニューヨークの制作現場に直接つながる人物が曲の中心にいたことになる。あの英語パートがどこで、どういう人たちによって録られたのか。新しい疑問が一つ増える。
12. 誰が嘉門達夫を「呼んだ」のか
ここまで色々と調べたが、最初の疑問は残ったままだ。
なぜ『ロックマンズサッカー』のCMソングに嘉門達夫だったのか。
当時の知名度や、言葉遊びとの相性から、広告として理にかなっていた理由を推測することはできる。毎月リリースの企画を走らせていた嘉門達夫の側にとっても、タイアップは一つのChapterを埋める材料になっただろう。
しかし、最初に企画したのが誰なのかは分からない。
- カプコン側の発案
- ビクター側の発案
- 広告代理店
- CM制作会社
- 嘉門達夫側から企画が育った
どれもありうるし、どれも資料がない。
これだけ調べても、誰が嘉門達夫を呼んだのかは、全く分からなかったのである。
13. 総括
せっかくなので、確認できたこと、状況証拠、推測、分からないことを分けておく。
資料から確認できること
- 「WE ARE ROCKMAN」は1994年5月11日発売、ビクター、嘉門達夫名義
- 作詞は嘉門達夫とSUSHI、作曲・編曲はSUSHI
- 同じChapter 5に、3分の独立トラック「スラング講座」が収録されている
- Atsushi "SUSHI" Kosugi氏は、1994年当時すでにニューヨークでスタジオを運営していた
- 同氏は1995年にビクター作品(SMAP『SMAP 007〜Gold Singer〜』)のニューヨーク録音をコーディネートし、のちにビクターのaosis recordsでプロデューサーを務めている
- 同氏は後年、SEGAのソニック作品でニューヨークのミュージシャンとの制作をつないでいる
- タワーレコードのデータベースでは「SUSHI」と「Atsushi SUSHI Kosugi」は別々の項目として登録されており、現在のデータ上では両者を直接つなげない
状況証拠
- 「SUSHI」という名義の一致
- 活動時期の一致
- 作曲・編曲という職能の一致
- ゲームとの必然性が薄いほどの、曲のニューヨーク志向
- 英語パートの大きな比重
- 同じChapterに「スラング講座」という英語関連の音声企画まで存在すること
- 発売翌年の1995年には、Kosugi氏がビクター作品のニューヨーク録音を担当していること
- 後年、日本のゲーム音楽とニューヨークをつなぐ仕事をしていること
筆者の推測
- 英語パートと日本語パートの対訳的な構造は、英語を書ける作り手と嘉門達夫の分業から生まれたのではないか
- 曲のニューヨーク志向は、嘉門達夫自身が当時取り組んでいた英語ネタと、ニューヨークの制作者の参加が重なった結果ではないか
- 「SUSHI」と「Atsushi SUSHI Kosugi」がデータベース上で別項目になっているのは、別人だからではなく、古い別名義が名寄せされていないためである可能性も残る
分からないこと
- 「WE ARE ROCKMAN」のSUSHIの正体
- 「SUSHI」とAtsushi "SUSHI" Kosugiが同一人物なのか
- 英語パートを歌った人
- 「スラング講座」が実際にどのような形式・内容のトラックだったのか
- 「スラング講座」の制作に誰が関わったのか
- 誰が嘉門達夫を起用したのか
ここまで並べると、「WE ARE ROCKMAN」のSUSHIはAtsushi "SUSHI" Kosugiなのではないか、という仮説には、なかなか面白い整合性がある。
全くもって証明はできない。
しかし、データベース上で別項目になっているから別人、と切ってしまうには、名義・年代・職能・ニューヨークという一致が少し多いなと思う。
もし同一人物なら、この曲は1990年代のちょっと変わったゲームCMソングというだけでは終わらない。日本のゲーム文化とニューヨークの音楽制作がつながっていく、そのかなり早い地点に偶然残った作品だった、ということになる。
結局、誰が最初に「ロックマンズサッカーには嘉門達夫だ」と言い出したのかは分からなかった。SUSHIの正体も、英語パートの声の主も、決め手になる資料は出てこなかった。
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ただ、30年以上前のクレジットに残された「SUSHI」という五文字から追いかけてみると、ニューヨークのスタジオと、その後のゲーム音楽史まで見えてきた。
その線が本当につながっているのか。
当時のCD、歌詞カード、制作資料、ゲーム誌や音楽誌の記事、あるいは制作に関わった方の記憶など、手がかりをお持ちの方がいれば、ぜひ教えてほしい。
答えはまだ、1994年のどこかに埋まっている。
☕️よかったらコーヒー一杯。 https://buymeacoffee.com/mink_obs
著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Opus 5.5、ChatGPT / AI-assisted / Structure observation
For international readers
In 1994, Japanese comic singer Tatsuo Kamon released "WE ARE ROCKMAN," a commercial image song for Capcom's Rockman's Soccer (known in the West as Mega Man Soccer). The song barely mentions soccer. Instead, it splits the name "ROCKMAN" into "ROCK" and "MAN," heads to New York City, and builds a bilingual hip-hop-flavored story about rock 'n' roll uniting New York and Tokyo. The same single even includes a separate three-minute track titled "Slang Lecture."
The credits list lyrics by Kamon and "SUSHI," with music and arrangement by SUSHI alone — but no database explains who SUSHI is. This article lines up public records around one candidate: Atsushi "SUSHI" Kosugi, a New York–based producer who ran Beat On Beat Studio from 1993 and later coordinated New York sessions for SEGA's Sonic titles. The name, timing, job, and New York connection all fit, yet no source directly confirms they are the same person. Who sang the English verses, and who first decided to hire Kamon, also remain unknown. The article separates confirmed facts, circumstantial evidence, speculation, and open questions, and invites readers with original materials to share them.
Keywords
Tatsuo Kamon, WE ARE ROCKMAN, Rockman's Soccer, Mega Man Soccer, Capcom, Victor Entertainment, Atsushi "SUSHI" Kosugi, Beat On Beat, New York recording, Sonic Adventure, SEGA, video game music history, commercial song, music credits, cultural archaeology
嘉門達夫、WE ARE ROCKMAN、ロックマンズサッカー、カプコン、ビクター、MONTHLY TATSUO KAMON 1994、スラング講座、SUSHI、Atsushi "SUSHI" Kosugi、Beat On Beat、ニューヨーク録音、ソニックアドベンチャー、セガ、ゲーム音楽史、CMソング、クレジット、文化考古学
Victor Entertainment「嘉門達夫『WE ARE ROCKMAN』」作品詳細(VEATP-42924、2024年7月17日配信、オリジナル発売日1994年5月11日)。https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A000318/VEATP-42924.html ↩︎ ↩︎
Victor Entertainment「嘉門達夫BOX~怒涛のビクター・シングルス」作品詳細(VIZL-512、2012年12月26日)。DISC-3「MONTHLY TATSUO KAMON 1994~Chapter 1-Chapter 6~」の解説を参照。https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A000318/VIZL-512.html ↩︎
JOYSOUND「WE ARE ROCKMAN/嘉門達夫」楽曲情報。https://www.joysound.com/web/search/song/288956 ↩︎
タワーレコード オンライン「嘉門達夫BOX 怒涛のビクター・シングルス[5CD+2DVD]<生産限定盤>」収録内容・クレジット。「WE ARE ROCKMAN」(5:22)、「スラング講座」(3:00)、「英会話教室」「マーフィーの法則」の各クレジットを参照。https://tower.jp/item/3173271 ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
タワーレコード オンライン「ロックマン テーマソング集」(CPCA-1056、2002年2月20日、カプコン/セピュータ)。https://tower.jp/item/782621 ↩︎
J-Lyric.net「WE ARE ROCKMAN/嘉門達夫 歌詞」。歌詞構成の確認のみに使用し、本文では引用していない。https://j-lyric.net/artist/a00078f/l01eb22.html ↩︎
Musicman「ATSUSHI "SUSHI" KOSUGI」インタビュー。https://www.musicman.co.jp/interview/19907 ↩︎ ↩︎
LinkedIn「Atsushi SUSHI Kosugi」プロフィール。https://www.linkedin.com/in/atsushi-sushi-kosugi-45233736 ↩︎
タワーレコード オンライン「ソニックアドベンチャー2 オリジナル・サウンドトラック 20th アニバーサリー・エディション」(WWCE-31249、2011年6月22日)収録内容・クレジット。https://tower.jp/item/2872422 ↩︎ ↩︎
「SMAP 007〜Gold Singer〜」スタッフクレジットの転記(WikiZero、日本語版Wikipediaのミラー)。CDブックレット本体ではなく二次的な転記資料。https://www.wikizero.org/wiki/ja/SMAP_007〜Gold_Singer〜 ↩︎
Victor Entertainment「aosis records Compilation『Kiroron 1 ~Kiroro Melodies~』」作品詳細(VICP-69001、2000年9月21日)。https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A010090/VICP-69001.html ↩︎
SEGA ソニックチャンネル「クリエイターズ インタビュー 014:床井健一」。https://sonic.sega.jp/SonicChannelOld/creators/014/index.html ↩︎
Sega Retro「Atsushi Kosugi」(ファン運営のwiki。一次資料での裏付けが必要な情報を含む)。https://segaretro.org/Beat_On_Beat ↩︎