ZC、ZF、ZGF——動物園の配合飼料についている「記号」にまつわる話
Zoo Feed Codes — Oriental Yeast, Laboratory Animals, and the Idea of a Standardized Diet
著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)
1. 飼育の事情がそのまま並んでいる「餌の棚」
ペット用の餌の棚は見ていて飽きない。金魚なら浮上性と沈下性があり、色揚げ、育成、消化性で分かれている。犬猫なら年齢、体格、品種、避妊去勢の有無、体重管理。動物の生理と飼育環境が、そのまま商品分類になっている。
同じ調子で動物園の餌を調べていくと、途中で様子が変わる。
ZC。ZF。ZGF。
説明なしに見れば工業部品の型番に近い。
これらは、実際にはオリエンタル酵母工業が製造する動物園用配合飼料の製品名で、動物種ごとに栄養バランスを設計し、国内工場で製造・供給されているものである[1]。
動物園の餌だけ名前が違う
ペットフードの名前は、買う人に向けて書かれている。動物園用飼料の名前は、そうなっていない。この差がどこから来たのかをたどると、製パン用の酵母から実験動物の飼料まで、かなり長い経路が出てくる。
2. 「ZC、ZF、ZGF」とは何か
オリエンタル酵母工業の動物園用飼料には、ZC、ZF、ZGF、ZHFといったコード製品が並んでいる[2]。ZCはシカ、ヤギ、ヒツジ、カンガルーなど。ZFはキリン、ラクダ、ウシなど。ZGFはゾウ、カバ、サイなどの大型草食獣。製品ごとに粒径と給与量が設定されているものだ[2:1]。
動物名で決まる分類ではない
一覧を眺めると、「ZC=この動物専用」という対応にはなっていない。粒の硬さやサイズを目当てに、ZGFをビーバーに使うといった運用もある。コードが指しているのは動物というより、粒径、繊維量、栄養組成をひとまとめにした規格に近い。
これらの飼料は展示動物・試験研究用動物向けとして販売されている[2:2]。家庭用の売り場に並ぶ商品ではない。名前が無愛想な理由の半分はこれで説明がつく。ただし、売り場に出ないことと、コードで呼ぶことは、必ずしも同じではない。後で見るように、海外の動物園飼料は説明的な名前を持っている。
3. 企業の出発点は「製パン用イースト」
このオリエンタル酵母工業の創業は1929年、製パン用イーストの製造会社としての発足である[3]。飼料はその後に来る。1951年に実験動物用固型飼料、1960年に養魚用飼料の製造販売を開始している[3:1]。まず企業に酵母と発酵の技術があり、栄養素材を扱い、実験動物の飼料に進み、その延長で動物園用飼料に届いているのである。
4. 実験動物の餌は、研究条件の一部でもある
実験動物用飼料の一覧を見ると、MFのような短いコード型の商品名が並ぶ[4]。ページで前面に出ているのは、原料規格の設定と品質の一定性である[4:1]。
理由は分かりやすい。同じ系統のマウスを使っていても、タンパク質、脂肪、ミネラル、ビタミン、繊維の量が変われば、結果が動く可能性がある。論文の材料と方法に「草食動物用のペレットを与えた」と書いても、他の研究者は同じ条件を作れない。どのメーカーのどの製品か、まで書いて初めて条件の記述になる。
この用途では、飼料に求められるのは覚えやすい名前ではなく、同じものを確実に指定できる識別子になるのである。
5. コードは英語論文にもそのまま出てくる
カンガルーの顎骨の疾患(lumpy jaw disease)を扱った一連の研究では、給餌内容として「ZC Pellets, Oriental Yeast Co., Ltd., Tokyo, Japan」が記載されている[5]。ストレス評価のための毛髪コルチゾール研究でも[6]、携帯型測定システムを使った血漿エンドトキシン活性の研究でも[7]、同じ表記でZC Pelletsが出てくる。
草食動物用の飼料がラットに使われる
面白いのはZFのほうである。光周期と2型脱ヨウ素酵素の遺伝子発現を比較した研究では、実験用ラットに「ZF for herbivorous animals; Oriental Yeast, Tokyo, Japan」が給与されている[8]。別の研究では、通常飼料のMFと並べて、過去にZFを低カロリー飼料として使用したことに触れている[9]。
草食獣用の配合飼料を、齧歯類の実験の低カロリー条件として使う。コードが動物名ではなく栄養組成を指しているから、こういう使い方が成立する。
「国際規格」ではない
ここから「ZCやZFは世界共通の規格だ」と言いたくなるが、そこまでは言えない。英語文献で確認できるのは、主に日本の研究施設や日本の動物園を対象にした研究である。ISOのような標準化の手続きを経たものでもない。言えるのは、日本の一社の製品コードが、英語の学術文献でも製品識別子としてそのまま通用している、という範囲までである。
6. 海外の動物園飼料はどうなっているか
ここで、海外の動物園向け配合飼料の事情を見てみよう。
米国のMazuriは1989年、動物園関係者がエキゾチックアニマル向けにより完全でバランスの取れた栄養を求めたことから始まったと説明している。現在は1,600以上の動物園で使われているという[10]。
この会社の商品名は、かなり説明的だ。Wild Herbivore Hi-Fiber Diet、Browser Rhino Cube、Flamingo Breeder Diet、Insectivore Diet。名前を見れば何の餌か分かる。食虫動物用の飼料については、野生下で食べる昆虫の栄養組成から逆算して、理想的な昆虫をペレットとして作るという設計思想を公開している[11]。飼育下では野生の食餌をそのまま再現できないから栄養設計が要る、という説明も明示されている[12]。
説明的な名前の裏に「コード」
一方で、製品ページには FORMULA NUMBER が併記されている。Petting Zoo Diet なら 5Z95[13]。日本ではコードが表に出ているが、米国では説明的な商品名の裏にコードがあるのである。
7. 番外編:各企業の出自を並べてみる
いくつかの企業について見てみよう。
Purinaは19世紀末に家畜飼料の会社として出発し、牛、馬、豚、家禽の栄養研究を蓄積してきた。研究農場で実際に動物を飼いながら試験する文化があり、Mazuriはその系譜の上にある。また、ベルギーのVersele-Lagaは1930年代に配合飼料会社として始まり、家禽、鳩、小鳥、小動物へ広がって、その延長でエキゾチックアニマルも扱う。
- オリエンタル酵母:発酵 → 実験動物 → 動物園
- Purina:農業 → 家畜栄養 → 特殊動物
- Mazuri:家畜栄養 → 動物園・エキゾチック専用
- Versele-Laga:配合飼料 → 飼育動物全般 → エキゾチック
8. 飼料と一緒に持ち出せる「使用実績」
オリエンタル酵母のような企業が持っているものは、配合飼料そのものだけではない。日本の動物園や研究施設へ長年供給してきた過程で、どの動物群にどの飼料を使うか、どの程度給与するか、牧草や枝葉とどう組み合わせるか、どのような施設で実際に使用されてきたか、という運用の実績が蓄積されている。
これは海外市場、特にアジアを考えるときに効いてくる。新しい動物種を導入する施設や、給餌方法を見直す施設にとっては、栄養設計をゼロから組み立てるより、「日本の動物園では、この動物群にこの規格飼料が使われている」という参照先がある方が導入しやすい。
日本の動物園がリファレンスになる
オリエンタル酵母の英語サイトは、バイオ事業の主要製品のひとつに Zoo feed を挙げ、北米・南米、中東、東南アジア、インドの窓口を並べている[14]。国内には長年にわたる動物園への供給実績がある。
この二つを合わせると、海外で販売できるものは20kg入りのペレットだけではない。日本の動物園で蓄積された使用実績そのものが、製品を採用するときのリファレンスになる。 欧米のメーカーから輸入する以外に、地理的に近い日本で使用実績のある規格飼料を参照できることには、アジアでは一定の意味があると考えられる。
もちろん、日本の飼育方法をそのまま海外へ移植できるという話ではない。気候、入手できる牧草や枝葉、飼育環境、個体差によって給餌設計は変わる。移植できるのは完成した飼育方法ではなく、長期間使用されてきた規格飼料という共通の基準点を持てることである。
9. 給餌設計のなかで配合飼料が担当している部分
来園者から見える動物園の餌は、キリンに葉、ライオンに肉、サルに果物、という世界である。バックヤードでは、牧草、枝葉、野菜、果物、肉、魚、昆虫、サプリメント、配合飼料を組み合わせて献立を作る。
自然物は栄養価が動く。季節、産地、成熟度、保存状態で変わる。それ自体は避けられないが、変動する分だけ、栄養条件を一定に保つ部分がどこかに要る。配合飼料はそこを担当している。
オリエンタル酵母の草食動物用飼料のページには、参考文献として Symp. Zool. Soc. Lond. (1966) と Basel Zoo Feeding Schedule (1968) が挙げられている[15]。1960年代の動物園栄養学の蓄積の上に、日本の草食動物用ペレットの給与設計が置かれている。
規格化された飼料は、個体ごとの調整を省くためのものではない。Mazuriの記事では、Oklahoma City Zooの栄養担当者が、年齢、健康状態、繁殖状態、アレルギーまで見て個体ごとの食餌を組み立てる様子が紹介されている[16]。土台が安定していればこそその先を設計できるのである。
10. 名前が変わらなかったこと
現代の商品として設計するなら、ZCにも Wild Herbivore Hi-Fiber のような名前が付いただろう。オリエンタル酵母の製品は、動物園飼料のカタログにもZC、ZF、ZGFのまま並んでいる[17]。
これは、顧客が研究施設と飼育施設だったから、と考えると筋が通る。研究者と飼育担当者に必要なのは、記録に残せて、次に同じものを注文でき、論文の材料と方法に書ける識別子である。名前を変えないこと自体が、その用途への適応でもある。
11. 餌が「規格」でもあるということ
ZC、ZF、ZGF。記号の背後には、発酵産業、家畜栄養、実験動物、研究の再現性、動物園栄養学という経路がある。
動物園の餌は、動物が食べる食品であると同時に、飼育条件を一定に保ち、場合によっては研究条件として指定するための規格でもある。だから名前が、親しみやすい商品名ではなくコードになった。動物園のバックヤードには、生き物の世界と並んで、工業製品の世界が置かれている。
☕️よかったらコーヒー一杯。 https://buymeacoffee.com/mink_obs
著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT / AI-assisted / Structure observation
For international readers
Japanese zoo feeds carry code names such as ZC, ZF, ZGF and ZHF, produced by Oriental Yeast Co., Ltd. The company began in 1929 as a baker's yeast manufacturer, moved into laboratory animal diets in 1951, and reached zoo diets from that direction rather than from the pet food market. In laboratory animal nutrition, a diet is part of the experimental condition, so what matters is an identifier that lets another researcher order exactly the same product. ZC and ZF appear as formal product identifiers in peer-reviewed English papers — including one in which ZF, a herbivore diet, was fed to laboratory rats as a low-calorie diet — though this is not an international standard in the ISO sense. Decades of supply to Japanese zoos also leave behind a record of use — which diet for which group of animals, at what amount, combined with what forage — and that record travels with the product: for a facility in Asia, a standardized diet with a long history of documented use nearby is easier to adopt than a nutrition plan built from scratch. Mazuri in the United States shows the mirror image: descriptive product names on the front, formula numbers underneath. Behind both lies the same idea. A zoo diet is food, and it is also a specification that keeps husbandry conditions reproducible.
Keywords
zoo nutrition, animal feed, Oriental Yeast, ZC, ZF, ZGF, Mazuri, formula number, laboratory animal diet, reproducibility, exotic animal nutrition, zoo husbandry, compound feed, standardization
動物園、飼料、オリエンタル酵母工業、ZC、ZF、ZGF、Mazuri、実験動物用飼料、配合飼料、再現性、規格化、動物園栄養学、給餌設計、バックヤード
脚注・参考文献
オリエンタル酵母工業株式会社「動物園用飼料」。動物種ごとに栄養バランスを考慮した動物園用飼料を国内工場で製造・供給。https://www.oyc.co.jp/bio/zooanimal/index.html ↩︎
オリエンタル酵母工業株式会社「動物園用飼料 Zoo Animal Diets」。ZHF、ZC、ZF、ZGFの製品コード、対象動物、粒径、給与量、および展示動物・試験研究用動物に限定した販売である旨を記載。https://www.oyc.co.jp/bio/zooanimal/zooanimal.html ↩︎ ↩︎ ↩︎
オリエンタル酵母工業株式会社「沿革」。1929年に製パン用イースト製造会社として発足、1951年に実験動物用固型飼料、1960年に養魚用飼料の製造販売を開始。https://www.oyc.co.jp/company/history.html ↩︎ ↩︎
オリエンタル酵母工業株式会社「実験動物用飼料一覧」。MFなどのコード型商品名、原料規格の設定と品質管理の方針を掲載。https://www.oyc.co.jp/bio/LAD-equipment/LAD/list.html ↩︎ ↩︎
"Plasma endotoxin activity in Eastern grey kangaroos (Macropus giganteus) with lumpy jaw disease". 飼料として "ZC Pellets, Oriental Yeast Co., Ltd., Tokyo, Japan" と記載。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5487796/ ↩︎
"Stress assessment using hair cortisol of kangaroos affected by the lumpy jaw disease". ZC Pelletsの給与を記載。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5447972/ ↩︎
"Plasma endotoxin activity in kangaroos with oral necrobacillosis (lumpy jaw disease) using an automated handheld testing system". 同じくZC Pelletsを明記。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4937157/ ↩︎
"Differential response of type 2 deiodinase gene expression to photoperiod between photoperiodic Fischer 344 and nonphotoperiodic Wistar rats". 実験用ラットに "ZF for herbivorous animals; Oriental Yeast, Tokyo, Japan" を給与。American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology. https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/ajpregu.00396.2006 ↩︎
"Photoperiod Regulates Corticosterone Rhythms by Altered Adrenal Sensitivity via Melatonin-Independent Mechanisms in Fischer 344 Rats and C57BL/6J Mice". 通常飼料MFとの比較で、過去の研究におけるZFの低カロリー飼料としての使用に言及。PLOS ONE. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0039090 ↩︎
Mazuri "About Us". 1989年、動物園関係者の要望を起点に始まったこと、1,600以上の動物園で利用されていることを説明。https://mazuri.com/pages/about-us ↩︎
Mazuri "Mazuri® Insectivore Diet: A Diet Actually Made for Insectivores". 野生下の昆虫の栄養組成から逆算した設計思想を紹介。https://mazuri.com/blogs/education-and-nutrition/mazuri®-insectivore-diet-a-diet-actually-made-for-insectivores ↩︎
Mazuri "4 Facts to Evolve Your Exotic Animal Nutrition Knowledge". 飼育下では野生の食餌を単純に再現できず、栄養設計された飼料が必要になるという説明。https://mazuri.com/blogs/education-and-nutrition/4-facts-to-evolve-your-exotic-animal-nutrition-knowledge ↩︎
Mazuri "Petting Zoo Diet". 商品名とは別に FORMULA NUMBER 5Z95 を設定。https://mazuri.com/products/mazuri-petting-zoo-diet ↩︎
ORIENTAL YEAST Co., Ltd. "Bioindustry Business"(英語サイト)。主要製品のひとつとして "Zoo feed/Contract service for pet food production" を掲載し、北米・南米(OYC Americas)、中東(OYC EU)、東南アジア・ニュージーランド、インド(Oriental Yeast India)の窓口を記載。https://www.oyc.co.jp/en/bio/ ↩︎
オリエンタル酵母工業株式会社「草食動物用飼料」。給与例と主原料のほか、参考文献として Symp. Zool. Soc. Lond. (1966)、Basel Zoo Feeding Schedule (1968) を掲載。https://www.oyc.co.jp/bio/LAD-equipment/LAD/herbivore.html ↩︎
Mazuri "How to Feed Your Pet Like a Zoo Professional". Oklahoma City Zooの動物栄養専門家による、年齢・健康状態・繁殖状態・アレルギーを考慮した個体別の給餌設計。https://mazuri.com/blogs/education-and-nutrition/how-to-feed-your-pet-like-a-zoo-professional ↩︎
オリエンタル酵母工業株式会社「製品カタログ一覧」。「動物園飼料データ集」「Zoo Animal Diets Catalog」を収録。https://www.oyc.co.jp/bio/catalog.html ↩︎