なぜタイのエンタメは中国本土より香港・マカオを選ぶのか——LingOrmの興行展開から考える中国市場との付き合い方

Why Thai Entertainment Favors Hong Kong and Macau Over Mainland China — LingOrm's Event Strategy and the Chinese Market

著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)


1. 中国語が飛び交うタイのIMPACT Arena

2026年10月17日、私は、タイ・バンコク郊外のIMPACT ArenaでLingOrmのコンサート「The World Between Us」を観た。これは、17日と18日の二日間公演の初日である[1]。

その会場には、中国から来たファンが驚くほど多かった。 ロビーでも客席でも中国語が飛び交い、タイ人ファンと同じくらいの存在感があった。(日本人は、自分が観察した限り、他に見かけなかった。)

中国のファンは、会場で自分たちで作ったグッズを持ち込み、配ったり交換したりしていた。私も隣の席の人から、カードや缶バッジをいくつか譲ってもらう一幕があった。

声援の大きさ、遠征の段取りのよさ、グッズを作る手間のかけ方。
中国ファンは、どれをとっても国外まで来ることが特別な行事ではなく、ファン活動の一部になっている人たちだった。

そこで素朴な疑問が浮かんだ。
これほど中国のファンがいるなら、もっと中国本土でコンサートをすればいいのではないか。

調べると、今年の11月28日にはマカオで「BORN TO FLY FANCON」が予定されている。
しかし、遡ってLingOrmの興行履歴を調べると、中国語圏での二人のイベントは、多くが香港とマカオに集中していることがわかる。

本記事では、この開催地の偏りを、タイのエンタメ産業が中国市場とどう付き合っているかという観点から考える。

所属事務所のChannel 3 Thailandが開催地の選択理由を説明した資料は見つからなかった。以下の経営判断に関する部分は、公開資料から組み立てた私の推論である。

2. LingOrmは中国語圏の「どこで」公演してきたか

香港・マカオ・台北での二人のイベント

LingOrmは、2024年6月放送のChannel 3制作のGLドラマ『The Secret of Us(ใจซ่อนรัก)』で人気を得た二人組である。Ling(Lingling Kwong)とOrm(Orm Kornnaphat)はいずれもChannel 3の所属で、2025年に『Only You』、2026年に『In Love Forever』と共演を重ねている[2]。

2024年以降、二人が中国語圏で開いたファンミーティングのうち、公式または販売ページで確認できたものを並べる。

開催日 都市 名称 会場 主催・関係企業
2024年9月21日 マカオ LingOrm 1st Fan Meeting in Macau ブロードウェイ・マカオ(百老匯舞台) 販売:Damai/Broadway Macau[3]
2024年12月14〜15日 マカオ Our Secret Love – LingOrm Fan Meeting in Macau 同上(1日追加公演) WanXing International Entertainment Culture Limited[4]
2025年1月11日 香港 LingOrm 2025 Fan Meeting in Hong Kong AXA Dreamland CQ Entertainment/BIGSHOW[5]
2025年6月7日(中止) 台北 LING & ORM 2025 Fan Meeting in Taipei TICC 超奇娛樂(CQ Entertainment)[6]
2025年11月22〜23日 マカオ Ling & Orm "ONLY YOU" Fan Meeting in Macau ロンドナー劇場 特典告知の窓口:CQ Entertainment[7]
2026年1月24〜25日 香港 LingOrm「New Party」2026 FanMeeting in Hong Kong AsiaWorld-Expo Runway 11 主催:WanXing Entertainment、アーティスト管理:Channel 3 Thailand[8]
2026年2月1日 台北 LingOrm 2026 Fan Meeting in Taipei TICC KKLIVE[9]

このほか、2024年8月17日の香港公演が二人にとって初の海外ファンミーティングだったことは、2025年香港公演の販売ページの紹介文からも読み取れる[5:1]。

今年11月28日のマカオ公演は「FIRST FANCON」と銘打たれている。バンコクでは2025年11月に「HER & HERS LINGORM 1st FANCON」が開かれているため[10]、このFIRST FANCONは、マカオ地域内で初のファンコンという意味だと考えられる。

中国本土で行われてきたイベント

ちなみに、中国本土でのイベントが皆無というわけではない。ファンが記録した日程表を見ると、2024年11月の南寧での個人ファンミーティング(二人がそれぞれ別枠で出演)、同月のLingの上海でのブランドイベント、12月のOrmの上海でのサイン会、2025年1月の青島での個人ファンミーティングなどが並んでいる[11]。
中国語版Wikipediaには2025年11月の武漢での見面会も記録されている[12]し、2025年8月20日には、第4章で扱う長沙でのOrm単独のサイン会があった[13]。

これらはファンによる記録で、主催者の一次資料までは確認できていない。

これらをイベントの傾向について、下記で分類してみたところ、興味深い結果が出てきた。

対象は2024年以降、資料は会場公式、チケット販売ページ、報道、ファンの日程記録(豆瓣、ファンサイト)で、言語は簡体字・繁体字中国語、タイ語、英語である。イベントは、二人がそろって出演し一般にチケットを販売するファンミーティング・ファンコン・コンサートと、それ以外(個人出演、ブランド主催、サイン会、招待制のイベント)に分けた場合。

上記の分け方で見ると、本土で行われているのはチケットを販売するファンミーティング・ファンコン・コンサートではないものが中心で、ファンミーティング・ファンコン・コンサートは確認できた範囲では香港・マカオ・台北に限られるのである。

「規模」の差

香港・マカオの会場は、タイ国内と比べるとかなり小さい。
ファンのまとめによれば、2025年11月のバンコク公演はIMPACT Arenaで約1万2千人だが、それと比較すると、同月のマカオ・ロンドナー劇場は約1,700人、2026年1月の香港AsiaWorld-Expo Runway 11は約3,800人である[10:1]。
ロンドナーには約6千人収容のアリーナもあるが[14]、二人の公演に使われたのは劇場のほうだったという。

中国のファンの間でも、香港・マカオでは2千人前後の会場しか使われないことが話題になっていた。ここについて、人数制限があるのだろうかという質問に、会場が取りにくいのではないかという返答がついている[15]。K-POPの中国ファンを調べている研究者も、香港とマカオだけでは中国のファンの需要を受け止めきれないと述べている[16]。

香港・マカオは中国本土の需要を受ける場所として使われているが、本土の需要に見合う規模で使われているわけではないのである。この点は第7章でもう一度扱う。

3. 仮説:香港・マカオが選ばれる「理由」

中国本土からの距離

香港とマカオは広東省に隣接し、本土のファンにとっては国外より近い。ただし渡航には通行証などの手続きが要る。マカオ公演の中国の販売サイトには、購入者は事前にマカオへの渡航手続きを済ませるよう注意書きがある[17]。香港・マカオは本土から「行ける」場所であって、本土の一部として扱われているわけではない。

チケットの価格表示にもそれが表れている。2024年9月のマカオ公演は、マカオ・パタカ、香港ドル、人民元の三通貨で同額の1,888/1,488/988と設定され、中国のチケットサイト大麦(Damai)でも販売された[3:1]。2026年1月の香港公演も、香港の快達票(HK Ticketing)と大麦の両方で売られている[8:1]。会場は香港・マカオにあるが、売り先ははじめから本土のファンを含んでいるわけである。

会場とチケット販売の仕組み

会場となるマカオの統合型リゾートは、会場運営とチケット販売を自前で持っている。2025年11月のマカオ公演は、ロンドナーを運営するサンズ・グループのチケットサービス、金光票務(Cotai Ticketing)で売られた。販売ページには一人4枚までの購入制限と、超過した場合は金光票務が取り消す権利を持つことが明記されている[7:1]。

また、香港のAsiaWorld-Expoは香港国際空港の敷地内にあり、空港管理局の子会社が運営する。公演ページには入場時の金属探知、無許可グッズの販売禁止、転売された券を無効にする権利などが並ぶ[8:2]。

どちらも、チケットの販売と入場の管理には、会場側が関わっている形式である。
だが一方で、特典の運営は興行会社の担当で、2025年11月のマカオ公演でも当選発表はCQ Entertainmentが行う形だった[7:2]。これが何を意味するかというと、例えば、契約上会場側に販売や入場の権限があっても、興行会社による特典の追加販売まで防げるとは限らないのだ。(これは、後述する実際のトラブルのケースを考えると重い一面である。)

繰り返し登場する興行会社

マカオと香港のイベント主催者としては、二つの会社名が繰り返し出てくる。

WanXing(萬星國際娛樂文化)は2024年12月のマカオ公演と2026年1月の香港公演の主催者である[4:1][8:3]。同社はGMMTV所属のGLペアMilkLoveの2024年マニラ公演にも、GMMTV、現地のCDM Entertainmentと並んで名を連ねている[18]。LingOrmだけでなく、タイのGLを中国語圏の外まで含めて扱っている興行会社だとわかる。

また、CQ Entertainment(超奇娛樂)は2025年1月の香港公演を主催し、同年11月のマカオ公演では特典の当選発表の窓口になっている[5:2][7:3]。

Channel 3が、これら企業と何度も取引を重ねていることは確認できる。
ただ、反復取引は信用の証明にはなっているわけではないのも事実で、CQ Entertainmentが主催した2025年6月の台北公演は中止になっている。

この台北公演では、販売開始前からネット上で「確実に取れる」とうたう上乗せ価格のチケットが出回り、ファンの応援団体が購入停止を呼びかけた。主催者に中国資本の背景があるとの指摘も重なり、台湾のファンの間で不買の動きが起きた[19]。5月10日の一般販売は、LingOrmとしては珍しく、開始から数時間たっても完売しなかった。5月21日、主催者はChannel 3の慎重な評価と協議を経て中止を決めたと発表し、全額返金に応じた[6:1][20]。

その後、CQ Entertainmentは半年後のマカオ公演にまた関わっている。取引相手を一度の問題で切るわけではないことがわかるが、同時に、問題が起きたときに公演そのものを止める判断はChannel 3の側にあることもわかる。

ここから言えるのは、香港・マカオではチケットの販売と入場に会場側の管理が関わっていること、そして事務所が取引を続けながら必要なら止められる関係を持っていることである。

香港はLingの出身地でもある

また、開催地の選択には、ビジネス以外の理由もあるだろう。Lingは香港生まれで、17歳でタイ東北部のカーラシン県に移った[21]。2025年香港公演の紹介文は「二人で再び家に帰る」と書き、香港を初の海外ファンミーティングの地として位置づけている[5:3]。

香港での公演が多い理由としては、Lingの出身地であることがファン向けの物語として使えるからでもあり、これを興行戦略だけで説明すると、見落としが出る部分もある。

4. ケーススタディ:「Ormの長沙のサイン会」で何が起きたのか

本土での興行で、現場の販売が事務所の手を離れたとき何が起きるか。

それを厳しい形で示すことになったのが、2025年8月20日、湖南省長沙で開かれたOrm単独のサイン会「ORM FULL MOON Fansign Event in Changsha」だ。

当日の経過

Ormはこの時期、在籍する大学シーナカリンウィロート大学(SWU)の仕事でもともと長沙を訪れていた[22]。サイン会はその滞在に合わせて組まれたものである。

タイの報道によれば、主催者は事前の告知なしに会場で特典付きのチケットを追加販売し、価格も引き上げた。そのため進行が大きく遅れ、イベントは19時半ごろまで続いた[23]。AsiaOneは台湾メディアETtodayを引いて、サインや1対1撮影の権利が3,000元、5,000元で転売されていたというファンの訴えを伝えている[13:1]。Ormが対応した時間は7時間を超えた。

途中、Channel 3は契約と実際の運営が食い違っていることを確認し、舞台上の活動を止めさせた。関係する会社の協議の末、最後のハイバイ(見送り)だけを契約の範囲内で行うことになった[13:2]。

Ormは舞台上で泣きながらファンに謝り、会場にいた母で女優のKoy Narumonも泣いていた[24]。会場で追加の特典を買ったファンの一部は特典を受けられず、抗議が起き、警察が秩序維持に入った[23:1]。Ormは大学が手配した車で会場を離れた[22:1]。主催者が混乱に乗じて会場を去ったとする報道もあるが[24:1]、ほかの資料では確認できていない。

原因分析:三つの会社との契約

この興行には三つの会社が関わっていた。

  • Channel 3 Thailand:Ormの所属事務所
  • Totsatis Media(ทศทิศมีเดีย):Channel 3が選定し、主催者に指定したタイの会社
  • Henan Auslanqi Culture Communication:中国側の現地主催会社(台湾報道では「河南壹零玖文化傳媒有限公司」[25])

8月21日、Channel 3はタイ語・英語・中国語の三言語で声明を出した。主催者に指定したTotsatis Mediaが契約条件を厳格に守らなかったため、舞台上の活動の停止を求めたこと、事実関係を調査し主催者に説明させることが書かれている[22:2]。

Totsatis Mediaも声明を出し、自社はChannel 3と中国側主催会社の間の連絡役だったと説明した。特典を受ける人数が契約を超えていたことに自社とChannel 3が気づき、Ormとスタッフをいったん控室に戻して三社で協議したという[13:3]。

特典の人数は契約で決まっていた。その数を超えて売ったのは、契約の当事者ではない三層目の会社である。チケットを買ったファンの期待と、Ormが契約上提供することになっていた数とが、販売の段階で食い違っていたのである。

Channel 3は事前に審査していた

翌22日、Channel 3の幹部Dew Pinkamolが、主催者の選定について説明を投稿した[26]。

それによれば、この主催者もほかの会社と同じく、Channel 3の通常の審査手続きを経て提案されたものだった。担当チームは、主催者と組んで運営にあたる会社の一覧を書面で確認した。主催者からは、信頼できるチームであり、これまでのような問題は起こさないとの保証を受けた。 一覧にある会社は、Channel 3が過去に取引して問題を起こした会社ではなかった。そのうえで契約を結んだ。現地に着いた初日から問題が起きており、その都度報告と協議を重ねていたという。

つまり、Channel 3は取引相手の信用リスクを考慮しなかったわけではなく、過去の問題企業を避け、関与する会社を書面で確かめ、保証も取っていたのだ。それでも、会場で追加販売が始まるのは止められなかったのである。

注:確認できたのは会社の名前と過去の取引歴である。当日の販売を誰がどう管理するかは、名前の一覧からはわからない。

発案はOrmの母親だった

Dewの投稿を受けて、Koyもインスタグラムのストーリーで経緯を説明した[26:1]。

それによると、この仕事はもともとChannel 3の計画にはなく、自分が発案したものだという。彼女はOrmとともに大学の仕事で現地に行くことが決まっていたため、Koyが自らChannel 3に提案し、調整役になった。紹介したのは、それまで何度も一緒に仕事をして問題のなかったエージェンシーで、主催者の名前も問題のある会社の一覧には載っていなかった。その説明の上で、Koyは関係者に謝罪している。

この説明については、ファンの間では、事務所の責任を母親がかぶったという反発も出た[13:4]。ただ、ここについて事務所の幹部と母親の説明は食い違っていない。このサイン会は、Channel 3が中国市場向けに計画した興行ではなく、大学の訪問に合わせて持ち込まれた単発の仕事だったという。

Orm本人の説明

22日、Ormはタイのトーク番組『กรรมกรข่าวคุยนอกจอ』でこの件について話している[27]。

実際にチケットを買ったファンがまだ自分のところまで来ていなかったが、相手が不正をしていたため、自分は契約どおりのことしかできず、舞台裏に戻って泣いた。母も事情を知っていたので一緒に泣いた。待たされたファンが気の毒だった。時間が延びたのは、列の整理がうまくいっていなかったからだ。Ormはそう説明した。

同じ日、『Only You』の宣伝でLingと出演した番組では、Ormは「現場は混乱していて怖かった」と話しつつ、自分はきちんと世話をしてもらっていたと述べ、誰かが責められることを望まない、とした。混乱する会場からの帰りの車がなかったわけではなく、大学の車が近くにいたのでそれを使ったとも説明している[13:5]。

ちょっと横道:バンコクで私が経験した「混乱」

私自身、2026年10月にバンコクのIMPACT Arenaで開催されたLingOrmのコンサートに参加した際、チケット引換の混乱を経験している。

中国語圏のファンを多く含むTrip.com経由のチケット引換では、当初、列の整理や案内が十分に機能していなかった。列はチケットの価格帯ごとに分けられていたが、数百人規模に見える列が幾重にもできており、私は、並ぶべき列の最後尾が見つからないほどの大混乱に巻き込まれた挙句、中国人ファンから列に割り込んだと誤解され厳しい視線を向けられたり、同じところをぐるぐると何回も回り、途方に暮れ、参加を諦めかけたほどだった。

しかし、現場のスタッフは、混乱にも負けず、状況に応じて列を組み替えたり、途中で区切るなど、臨機応変に対応していた。決して整然とした運営ではなかったが、彼らは目の前の混乱を収拾しようと懸命に動き、結果として、私も無事にチケットを受け取ることができた。

あの場で対応にあたってくれたスタッフには、心から感謝している。この経験から感じたのは、運営上の不備はファン同士の不信や対立を生むが、現場の対応次第で、その緊張を解消することもできる、ということだ。

上記の経験から、中国ファンの熱心さは、タイのエンターテインメント産業にとって大きな力となっていることを感じるとともに、その熱量を受け止めるためには、イベント運営者として集客力だけでなく、現場を管理し、問題が起きたときに対応できる運営能力が欠かせないのだろう、ということを痛感した。

なお、上記を含むコンサート当日の具体的な経緯については、別途公開するコンサート参戦レポートで詳しく記したい。お楽しみに!

香港・マカオとの運営の違い

話を長沙でのイベントの混乱の話に戻そう。

これを香港・マカオでの二人のファンミーティングと比べると、違いは特典の扱いに出る。

2026年1月の香港公演の会場ページには、特典の当選者リストを公演前日に発表すると書かれている[8:4]。2025年11月のマカオ公演も、特典の当選者は主催者の公式アカウントで発表する形をとっていた[7:4]。中止になった2025年の台北公演でさえ、販売ページの段階で、どの席種に何人分の特典があるかが人数まで示されていた[6:2]。特典の数は販売前に公開され、チケットは会場や大手の販売サイトを通して売られる。

長沙では、その数が会場で、その場で増やされたのだ。
この件から言えるのは、契約した相手が、現場の販売をどこまで管理できるかという問題を抱えていた事実である。
Channel 3の審査は会社の名前と履歴を確かめるものであったが、長沙では、販売数が、三層目の会社の手に委ねられていた。一方で香港・マカオでは、特典の数は販売前に公開され、販売経路も会場や大手の販売サイトに限られている、という管理面での徹底がある。この販売条件の透明さと管理主体の違いが、リスクを抑える一因になっている可能性はあるだろう。

5. 中国本土興行の「制度上のリスク」

「許認可」と「GLという題材」

中国本土で海外の出演者が営業的な公演を行うには、文化旅游部門の行政許可が必要になる。文化観光部は2023年に、こうした許可事項の実施規範を公表している[28]。この許可が下りるかどうか、いつ下りるかは、事務所の側では管理できない。

LingOrmに関しては、題材の問題もある。
中国のテレビドラマ制作業界の団体が2016年に公表した内容規範は、同性の関係をドラマで描くことを禁じる項目を含んでいた[29]。これはドラマ制作の規範で、ファンミーティングに直接適用されるものではないのだが、それでも、GLドラマの主演二人が「カップル」として登場する公演の内容が、本土では調整を求められる可能性はある、という理屈にはなる。

実際にその兆しと読める出来事がある。2025年8月16日、二人は中国のSNS微博(Weibo)に招かれ、バンコクで開かれた「微博文化交流之夜」に出席した。台湾メディアによれば、主催者側が二人を引き離すような演出を重ねたとして、ファンの反発を招いた[25:1]。このイベントの会場はバンコクであったが、主催は中国のプラットフォームである。二人の見せ方をめぐる感覚の差が、イベントが中国本土のプラットフォーム上で行われるという状況の上で表に出た例とも読めるわけだ。

注:GLのイベントが本土で一律に禁じられているわけではない。第2章で見たとおり、個人単位のファンミーティングやブランドイベントは実際に開かれている。

K-POPの先行事例

ここで、K-POPは、中国本土での興行リスクがどう現実化するかを示す先行事例になる。

2016年、在韓米軍へのTHAAD配備をきっかけに、中国は韓国芸能人の本土での活動を非公式に制限し始めた[30]。AP通信は2026年4月の記事で、この制限が十年続いていること、香港とマカオは独自の政府と法律を持つ特別行政区であるため対象外で、BTSのツアーも両地域を回ることを伝えている[31]。マカオの業界関係者は、主要なK-POPツアーのほとんどがマカオを日程に入れていると話している[16:1]。

これについて緩和の兆しはあったが、実際の公演は止まり続けた。2025年5月、ボーイズグループEPEXの福州公演が「現地の事情」を理由に3週間前に延期された[32]。同年9月に予定されていたKep1erの福州でのファンコンサートも、現地の主催会社が「外部要因」を挙げて延期を発表した[33]。大型公演は認められない一方、小規模なファンミーティングやポップアップストアは地方都市で許されてきたという報道もある[34]。

現在のところ、タイの芸能人は、韓国のような非公式の制限を受けているわけではないし、K-POPからタイが学んだという因果関係も確認できない。それでも、許可が直前で覆り、大型公演より小規模イベントの方が通りやすいという本土の構造は、LingOrmの本土での活動が個人イベントやブランドイベント中心であることと重なって見える部分があるだろう。

6. タイGLの他のペアとの比較

LingOrmの開催地の偏りが、タイGL全体に共通するものかを確かめたい。(ただ、比較に使えるデータは多くない。)

LMSY(LookmheeとSonya)は2025年5月にマカオでファンミーティングを開いている[35]。MilkLoveの興行にはWanXingが関わっていることを第3章で見た[18:1]。FreenBeckyはフィリピンや中南米での公演が目立ち、中国語圏では台北での活動が報じられている[36]。

また、台湾ではタイGLの公開イベントが急増している。台湾のメディアThe News Lensによれば、2024年は4件だったものが2025年に16件、2026年は記事時点で24件が確定していた[37]。

一方、本土で他のペアが二人そろって大型のファンミーティングを開いた例は、今回の調査では見つけられなかった。

ここで「タイGL業界全体が香港・マカオを選んでいる」と言い切るには、データが足りない。ただ、少なくともLMSYとMilkLoveが、LingOrmと同じマカオや同じ興行会社の網の目の中にいることは言えるだろう。

7. 仮説:開催地を「選ぶ」という判断

ここからは私の考察である。

タイ側にとって、中国は魅力的な市場である。だが、これまで説明してきた内容から、中国市場に進出することと、中国本土で興行することは、リスク上同じではない。

であればどうするか。
タイ側が開催地を選び、中国のファンが遠征してくる、という形を取るのではないか。

ここについて、香港・マカオという中国本土としては特殊な立ち位置にある地域を選択することには、いくつかの利点が重なっている。ここは本土からの距離が近く、人民元建てで本土のチケットサイトから売れる。チケットの販売と入場に会場側の管理が関わり、特典の数も販売前に公開されている。本土の許認可の不確実さを避けられる。Lingの出身地という物語もある。

しかし、興行面では代わりに手放しているものもある。
第2章で見たように、香港・マカオの会場の収容人数はバンコクの数分の一である。中国のファンの需要をすべて受け止める場所ではない。

そこに規模を求める場合、行き先は本土ではなくタイ国内になる。2026年6月、タイ国政府観光庁の成都事務所は微博で、LingOrmのタイ国内ツアー(コンケン、プーケット、チェンマイ)の日程を告知した[38]。タイの観光当局が、中国のファンにタイの地方都市への遠征を案内している。私が見たIMPACT Arenaの客席も、その延長にある。

ここまでを整理すると、LingOrmの興行は三つの場所を使い分けているように見える。

  • 最大規模の公演はタイ国内で開き、中国のファンを呼び込む。
  • 中国語圏での二人の公演は、香港・マカオ・台北で中規模に開く。
  • 本土では、個人単位のイベントやブランドイベントといった、規模も責任範囲も限定された形で接点を持つ。

これは中国市場を避けているのとは違うので注意が必要だ。中国のファンとの接点は、本土の内でも外でも確保されている。ただ、大きな売上と大きなリスクが同時に生じる「本土での二人の大型公演」だけが、選ばれていないのだ。

長沙の件では、Channel 3は相手の名前と履歴を書面で確かめ、保証も取っていた。それでも三層目の会社による現場での追加販売は止められず、できたのは舞台を止めることだけだった。しかもそのサイン会は、Channel 3が計画した興行ではなく、大学の訪問に合わせて持ち込まれた単発の仕事だったものだ。
また、台北の件では、本土の外でも興行会社の問題は起こり、事務所は公演そのものを止めた。

事前の審査には限界がある。それならば、二人の大きな公演は販売条件が公開されやすい場所で開き、本土での仕事は小さく、個別に受けるような形で、分けているように見える。問題が起きれば止める。Channel 3の動きは、リスクを一か所にためない運び方として読めるだろう。

タイの外交には、大国の間で一方に寄りすぎないバランス感覚があるとよく言われる。民間の放送局の興行判断を国家の外交と結びつけるつもりはないが、ただ、巨大な相手の需要を受け入れながら、相手の土俵に全面的には乗らないという振る舞いには、どこか似たものを感じる。

8. 中国のファンはちゃんと国境を越えてやってくる

IMPACT Arenaの客席を埋めていた中国のファンは、タイのエンタメ産業が中国市場に支えられていることの証拠であり、同時に、タイ側が開催地を選んでいるということでもある。

もしファンが国外へ来てくれるなら、アーティストは中国本土で公演しなくても中国市場とつながっていられる。11月のマカオ公演も、単なる海外公演の一つとしてではなく、開催地と取引相手を選んだ結果として見ることができる。

中国市場を獲得することと、中国本土で興行することは、興行者にとって別の選択になるのである。


☕️よかったらコーヒー一杯。 https://buymeacoffee.com/mink_obs

著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Opus 5.5、ChatGPT / AI-assisted / Structure observation


For international readers

At a LingOrm concert in Bangkok in October 2026, a large share of the audience were fans from mainland China. Yet the Thai GL duo's paired fan meetings in the Chinese-speaking world have been held almost entirely in Hong Kong, Macau and Taipei, while their mainland appearances have been limited to solo fan meetings, brand events and fansigns. This essay reads that pattern as a business choice by Thailand's Channel 3 rather than avoidance of the Chinese market. Hong Kong and Macau sit close to the mainland and sell tickets in yuan through mainland platforms, their venues take part in ticket sales and admission, benefit quantities are published before sales — which may help contain risk, though it cannot rule out promoter overselling — and they avoid the uncertainty of mainland licensing. The 2025 Changsha fansign is the central case. Channel 3 had vetted the organizers' names against past problem partners and obtained written assurances, yet the third-tier local organizer sold extra benefit tickets on site, stretching Orm's session past seven hours and drawing police; the event itself had been proposed by Orm's mother around a university trip and was not part of Channel 3's plan. In Hong Kong and Macau, by contrast, benefit quantities are published before sales and tickets move through venue-run or major platforms; the cancelled 2025 Taipei fan meeting shows that promoter problems also occur outside the mainland, and that the agency is willing to stop a show. Lingling's Hong Kong birthplace is another factor. The trade-off is scale: Hong Kong and Macau venues hold only a fraction of what Bangkok's arenas do, and the largest shows remain in Thailand, where Chinese fans are encouraged to travel. Winning the Chinese market and performing in mainland China are two separate choices.

Keywords

LingOrm, Thai GL, Channel 3 Thailand, Hong Kong, Macau, mainland China, fan meeting, concert promotion, Chinese fandom, fan tourism, WanXing Entertainment, CQ Entertainment, Changsha fansign, K-pop ban, THAAD, venue strategy, risk management

LingOrm、タイGL、Channel 3、香港、マカオ、中国本土、ファンミーティング、興行、中国ファンダム、遠征、WanXing、CQ Entertainment、長沙サイン会、限韓令、開催地戦略、リスク管理



  1. Thailand Starter Kit「LINGORM: The World Between Us Concert」https://www.thailandstarterkit.com/events/lingorm-the-world-between-us-concert/ ↩︎

  2. 換日線 Crossing「泰國超人氣 CP 崛起全紀錄」https://crossing.cw.com.tw/article/19844 /yam蕃新聞「LingOrm三搭新劇…」(2026年7月)https://n.yam.com/Article/20260702969823 ↩︎

  3. Klook「LingOrm 1st Fan Meeting in Macau|Broadway Macau」https://www.klook.com/en-US/event-detail/101025980-2024-lingorm-macau-fanmeeting/ ↩︎ ↩︎

  4. マカオ政府観光局「Our Secret Love – LingOrm Fan Meeting in Macau」https://www.macaotourism.gov.mo/en/events/whatson/11004/?month=202412 ↩︎ ↩︎

  5. KKTIX「LingOrm 2025 Fan Meeting in Hong Kong」https://tix-get-go.kktix.cc/events/lingormhk2025?locale=en ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  6. Marie Claire 美麗佳人「LingOrm台北見面會搶票資訊」https://www.marieclaire.com.tw/entertainment/news/85953 ↩︎ ↩︎ ↩︎

  7. 金光票務(Cotai Ticketing)「LING & ORM "ONLY YOU" 澳門粉絲見面會」https://hk.cotaiticketing.com/shows/lingorm2025.html ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  8. AsiaWorld-Expo「LingOrm「New Party」2026 FanMeeting in HongKong」https://www.asiaworld-expo.com/en-us/whats-on/upcoming-events/events/lingorm-fanmeeting-in-hong-kong-2026/ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  9. yam蕃新聞(Wow!NEWS)「LingOrm 台北見面會誠意爆棚」(2026年2月2日)https://n.yam.com/Article/20260202844809 ↩︎

  10. X @omakase418による会場・収容人数のまとめ(ファンによる記録)https://x.com/omakase418/status/1991095665628475754 ↩︎ ↩︎

  11. 豆瓣小組「见面会」(ファンによる日程記録、2024年12月)https://www.douban.com/group/topic/314999870/ ↩︎

  12. 中国語版Wikipedia「西莉拉可·邝」https://zh.wikipedia.org/zh-hans/西莉拉可·鄺 ↩︎

  13. AsiaOne「Thai actress Orm Kornnaphat cries as chaos ensues at China fansign, organiser slammed for allegedly overselling benefits」(2025年8月22日)https://www.asiaone.com/entertainment/thai-actress-orm-kornnaphat-cries-chaos-ensues-china-full-moon-fansign-event-gl-drama-only-you ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  14. Sands Resorts Macao「The Londoner Arena」https://en.sandsresortsmacao.com/meetings/venues/londoner/arena.html ↩︎

  15. 豆瓣小組「LINGORM粉絲見面會人數對比~」https://www.douban.com/group/topic/312279294/ ↩︎

  16. Macau Business(Lusa配信)「K-Pop endures in China despite restrictions, draws tourists to Macau and Hong Kong」https://macaubusiness.com/k-pop-endures-in-china-despite-restrictions-draws-tourists-to-macau-and-hong-kong/ ↩︎ ↩︎

  17. 东方演出网「中国澳门LingOrm 1st Fan Meeting in Macau」https://www.df962388.com/yanchu/185685.html ↩︎

  18. DZRH「MilkLove, GMMTV's flagship GL couple, is set to thrill Manila fans」(2024年7月5日)https://dzrh.com.ph/post/milklove-gmmtvs-flagship-gl-couple-is-set-to-thrill-manila-fans ↩︎ ↩︎

  19. 三立新聞網 SETN「粉抵制中資及黃牛 泰人氣CP見面會未秒殺」「台粉『站著追星』抵制中資 見面會取消」(2025年5月)https://www.setn.com/klist/668318 ↩︎

  20. 聯合新聞網 星聞「LingOrm台北見面會取消」(2025年5月21日)https://stars.udn.com/star/story/10091/8755704 ↩︎

  21. 換日線 Crossing「泰國超人氣 CP 崛起全紀錄:詳解『LingOrm』如何成為文化新國力?」https://crossing.cw.com.tw/article/19844 ↩︎

  22. Thairath「ช่อง 3 แถลงปมงานแฟนไซน์ ออม กรณ์นภัส ที่จีน เตรียมสอบสวนข้อเท็จจริง」(2025年8月21日)https://www.thairath.co.th/entertain/news/2877943 /THE STANDARD「ออม กรณ์นภัส เปิดใจถึงงานแฟนไซน์ที่ประเทศจีน」(2025年8月22日、Channel 3声明全文を掲載)https://thestandard.co/orm-kornnaphat-fansign-event-issues/ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  23. Matichon「ช่อง 3 แจงเร่งสอบข้อเท็จจริง ปมปัญหาผู้จัดงาน ทำ ออม กรณ์นภัส-แม่ก้อย ร้องไห้บนเวทีที่จีน」(2025年8月21日)https://www.matichon.co.th/entertainment/news_5333047 ↩︎ ↩︎

  24. WeR NEWS(LINE TODAY配信)「ช่อง 3 แถลงปมงานแฟนไซน์ "ออม กรณ์นภัส" โดนผู้จัดจีนเทกลางงาน」https://today.line.me/th/v3/article/wJMVpPp ↩︎ ↩︎

  25. 三立新聞網 SETN「泰最美百合慘遭中國活動『拆CP』霸氣護愛」(2025年8月17日)「中國主辦惡意超售簽名會 女星被迫簽8hr」(2025年8月21日)https://www.setn.com/klist/668318 ↩︎ ↩︎

  26. อีจัน(Ejan)「แม่ก้อย นฤมล โพสต์ขอโทษชี้แจงปม ออม กรณ์นภัส ร่ำไห้กลาง งานแฟนไซน์」(2025年8月22日、Dew PinkamolとKoy Narumonの投稿全文を掲載)https://www.ejan.co/entertain/3f40g96ch6cr /Thairath「ดิว ปิ่นกมล ผู้บริหารช่อง 3 ชี้แจงดราม่าร้อน ออม กรณ์นภัส」https://www.thairath.co.th/entertain/celeb/2878092 ↩︎ ↩︎

  27. THE STANDARD(同上)https://thestandard.co/orm-kornnaphat-fansign-event-issues/ /Thairath(Orm本人のインタビュー)https://www.thairath.co.th/entertain/celeb/2878297 ↩︎

  28. 中華人民共和国中央人民政府「文化和旅游部关于发布行政许可事项实施规范的公告」(2023年5月26日)https://app.www.gov.cn/govdata/gov/202305/26/501579/article.html ↩︎

  29. CNN「China bans same-sex dramas」(2016年3月3日)https://amp.cnn.com/cnn/2016/03/03/asia/china-bans-same-sex-dramas ↩︎

  30. Yonhap News Agency「China toughens regulations on hallyu: sources」(2016年11月22日)https://en.yna.co.kr/view/AEN20161122009600315 ↩︎

  31. Associated Press「China's K-pop worries: The reasons why a ban on Korean entertainment has lasted a decade」(2026年4月)https://apnews.com/article/61f517d9ca5c468ca5b9bceeb60d5b21 ↩︎

  32. Korea JoongAng Daily「Boy band EPEX's China concert canceled 'due to issues in the local region'」https://www.koreajoongangdaily.com/korea/boy-band-epexs-china-concert-canceled-due-to-issues-in-the-local-region/12146774 ↩︎

  33. The Korea Herald「Hopes China may lift ban on K-content thwarted as Kep1er's Fuzhou event is called off」https://www.koreaherald.com/article/10563959 ↩︎

  34. La República(Bloomberg配信)「El regreso del K-Pop a China se estanca…」(2025年9月17日)https://www.larepublica.co/ocio/el-regreso-del-k-pop-a-china-se-estanca-debido-a-el-retraso-de-su-concierto-insignia-4226661 ↩︎

  35. マカオ政府観光局「2025 The Essence of Love LMSY Fan Meeting in Macau」https://www.macaotourism.gov.mo/en/events/whatson/11618/?type=2 ↩︎

  36. TV Azteca「FreenBecky en CDMX」https://www.tvazteca.com/azteca7/freenbecky-en-cdmx-por-que-sus-fans-mexicanos-las-quieren-tanto /Marie Claire 美麗佳人「Freen Sarocha要來台灣了!」https://www.marieclaire.com.tw/entertainment/news/91211 ↩︎

  37. The News Lens 關鍵評論網(タイGLの台湾での公開イベント数)https://www.thenewslens.com/article/270012 ↩︎

  38. 新浪新闻「LINGORM巡回官宣」(タイ国政府観光庁成都事務所の微博投稿、2026年6月1日)https://www.sina.cn/news/detail/5304957991391496.html ↩︎