飼育員から「担当範囲」を広げ続けた人——那須・神戸どうぶつ王国を作った佐藤哲也
The Man Who Kept Widening His Scope — Tetsuya Sato and the Making of Nasu and Kobe Animal Kingdom
著:霧星礼知(min.k)|mncc.info / Author: Reichi Kirihoshi (mncc.info)
佐藤哲也という人のキャリアは、履歴書として眺めると、かなり分散して見える。
飼育員から始まり、飼育部門の責任者になり、会社を作り、他社の動物施設を受託運営し、赤字だった那須どうぶつ王国を引き受け、経営破綻した神戸花鳥園を再生し、業界団体で日本中の動物園の飼育基準に関わり、最後は環境省の希少種保全事業まで担っていた[1]。
転職の記録としても、昇進の記録としても、うまく読めない。
しかし本人の中では、おそらくそれほどバラバラではなかった。
「動物をちゃんと飼う」ために必要な範囲へ手を伸ばし続けた結果、担当範囲が獣舎から会社へ、会社から動物園へ、動物園から日本の動物園業界へと広がっていった——そう読むと、この経歴は一本の線になる。
著者(霧星礼知)が仮に「担当範囲の拡張」と呼んでいる現象がある。ある職能を本気で成立させようとすると、その職能の外側にある条件まで自分の仕事にせざるを得なくなる、という動き方のことだ。
佐藤哲也は「飼育員から経営者へ転身した人」ではない。飼育員であることをやめないまま、経営まで自分の仕事にしてしまった人だった。
以下は、その仮説を経歴と資料から検証していく記事である。
1. 那須どうぶつ王国は、最初から現在の姿だったわけではない
「マヌルネコの動物園」、という現在のイメージ
那須どうぶつ王国と聞いて今の人が思い浮かべるのは、マヌルネコであり、スナネコであり、ツシマヤマネコやニホンライチョウの保全であり、動物本来の環境を再現した展示だろう[2]。
かなり尖った思想を持った動物園だ、という印象がある。
出自はリゾート開発である
しかし開園当初はそうではない。
那須町の公式な年表によれば、1987年11月に第三セクター「那須高原リゾート開発株式会社」が設立され、1994年12月にマウントジーンズスキーリゾート那須が開業、1998年4月に那須どうぶつ王国が開業している[3]。
つまり那須どうぶつ王国は、単独の動物園建設プロジェクトではなく、那須高原の通年型リゾート開発の一部として生まれた施設だった。スキー場が冬の集客を担い、動物園が春から秋を担う、という構図である。
開園当初は畑正憲の監修で、犬や猫を中心とした「人と動物のふれあい」が大きな柱だった。
現在の那須を見て「こういう思想で作られた動物園なんだ」と思うと、少しずれる。
途中で、経営者が変わっているからだ。
その人物が佐藤哲也だった。
2. 佐藤哲也はもともと飼育員だった
群馬サファリパークと姫路セントラルパーク
佐藤哲也は東京都青梅市の出身で、群馬サファリパークで動物管理に従事し、その後、姫路セントラルパークで飼育部長を務めた[4]。希少動物の繁殖を専門軸としていた[5]。
ここまでは、「非常に優秀な飼育員」のキャリアとして無理なく理解できる。現場から入り、実績を積み、部門の責任者になる。動物園業界に限らず、どの業界にもある形だ。
「飼育係魂」という自己認識
重要なのは、この原点が後年まで消えていないことだ。
経営者になってからも、佐藤は自分の中に「飼育係魂」があると語っていた。そして実際、園長・経営者となった晩年においても、自ら顕微鏡で動物の糞便を確認し、引退したショー動物を会社兼自宅で世話し続けていた[6]。
経営者になったから飼育員を卒業した、という単純な移行ではない。
この点を押さえておかないと、以降の展開が「異業種への転身の連続」に見えてしまう。
3. 突然会社を作る
1999年、独立
佐藤は1999年に独立し、後に株式会社アニマルエスコートサービス(AES)を法人化する[4:1]。
事業内容は、飼育管理、動物の輸送、トレーニング、施設の運営受託など。2015年時点のインタビューでは、国内9カ所で動物施設を運営していたことが語られている[7]。2023年の求人票を見ても、全国の事業所で飼育管理・接客業務を担う、現場を持った会社であり続けていたことがわかる[8]。
コンサルティング会社ではなく、飼育の現場を丸ごと請け負う会社である。
なぜ飼育員が会社を作ったのか
ここで最初の「担当範囲の拡張」が起きている。
良い飼育をするには、飼育員個人の技術だけでは足りない。動物を安全に運ぶ技術がいる。施設がいる。人材がいる。それを継続させる運営がいる。金がいる。
飼育員のままでは、その多くが「自分の担当外」になる。担当外にあるものは、要望として上に上げるしかない。上がらなければ、あきらめるしかない。
だったら、それをまとめて提供する会社を作る。
専門を捨ててゼネラリストになったのではない。専門を成立させるために、隣の領域へ進出している。順番が逆なのだ。
4. そして、丸紅から「赤字の動物園」がやってくる
商社が撤退する事業
ここから話が一段おかしくなる。
那須どうぶつ王国の運営会社である那須高原リゾート開発株式会社は、丸紅が70%の持分を持っていた。丸紅の2005年3月期決算補足資料によれば、同社に関する丸紅の持分損益は同期で約55億円の損失。前年の約7億円から大幅に悪化している[9]。
そして2005年10月、丸紅は中間決算の資料の中で、那須高原リゾート開発について「事業から撤退」と明記した[10]。同時にハンターマウンテン塩原についても撤退が示されており、レジャー関連事業の整理という文脈にあったことがわかる。
さらに丸紅の第82期有価証券報告書には、那須高原リゾート開発の債務超過額として19,244百万円——192億4,400万円という数字が記載されている[11]。
翌2006年10月の中間決算短信では、那須高原リゾート開発の持分減少理由が「全部売却」と明記され、丸紅の連結対象から外れた[12]。
その経営を引き受けたのが、佐藤哲也の側だった。
飼育員 → 起業家 → 商社が撤退する大型リゾート事業の再建者。
こうして、履歴書としては説明のつかない一行が成立する。
「押し付けられた」わけではない
ここは慎重に書きたい。
丸紅が撤退の意思を持っていたことは、丸紅自身の資料から確認できる。しかし、株式譲渡の価格、どの債権がどこまで整理されたのか、佐藤側がどれだけの債務を引き受けたのか——これらは一次資料で確認できていない。したがって「丸紅が赤字事業を押し付けた」とは書けない。
そして、佐藤側にも十分すぎる事業上のメリットがある。
ゼロから巨大な動物園を作るのは、ほとんど不可能に近い。土地がいる。建物がいる。飼育施設がいる。許認可がいる。従業員がいる。知名度がいる。観光客の導線がいる。
既存施設なら、それが全部ある。
失敗したリゾート資産と、動物園を作りたい飼育会社が接続した、というのがおそらく実態に近い。撤退したい側と、場所が欲しい側の両者の事情が噛み合った取引として読むほうが、この出来事は正確に見える。
5. 経営を引き受けた飼育員は、展示そのものを変えた
コスト削減ではなく、展示思想
再建を引き受けた佐藤が持ち込んだのは、飼育側から見た展示思想だった。
彼は動物園を「野生への扉」と表現している[13]。まず生きた動物を見る。次に野生での現状を知る。理解が深まる。そこから保全へつながる——という順序だ[14]。
展示設計にも直接関与していた。夜行性動物について、昼間に寝ている姿を「その動物の真実」と誤解させたくない、という趣旨の発言が残っている[15]。
那須の「アジアの森」では擬木・滝・擬岩によって環境を再現し、「できる限り人と動物との障壁をなくす」と公式に説明されている[16]。「熱帯の森」では植物と動物を組み合わせた環境の中で動物を放し飼いにする[17]。「ウェットランド」では複数種を湿地環境の単位で見せる[18]。
神戸どうぶつ王国では、レッサーパンダの行動を誘発する枝や餌の配置、高低差を嫌うバクの習性を利用した無柵的展示など、動物の習性そのものを使って人と動物の物理的な壁を減らす設計がとられている[19]。
対立していたものを一本につなぐ
この設計思想が面白いのは、ふつう対立するとされるものを直列につないでいる点だ。
動物に良い環境を作る。すると本来の行動が出る。本来の行動は、人間が見ても面白い。面白ければ客は長く観察する。長く観察すれば「なぜ?」が生まれる。そこから生態や生息環境の話ができる。そして保全へ進める。
動物福祉 → 行動 → エンターテインメント → 教育 → 保全。
「動物のため」と「客のため」を対立軸に置かない。この構造が、後の「どうぶつ王国」型展示の中心になっていく。
飼育しか知らなければ、ここまで来ない。経営しか知らなくても、ここまで来ない。
6. 「変な動物」と異常に相性が良くなる
那須の「保全の森」には、スナネコ、ツシマヤマネコ、アムールヤマネコ、スバールバルライチョウ、ニホンライチョウが並び、飼育展示・普及啓発・保全が一体として位置づけられている[20]。
マヌルネコ、スナネコ、ビントロング、ハシビロコウ。
「見た瞬間に疑問が生まれる動物」は、この展示思想と非常に相性がいい。
かわいい。変な顔。妙な動き。なぜ?——この入口から、生態の話へ入れるからだ。
スナネコについて佐藤は、その繁殖に取り組む一方で、家庭で飼える動物ではないことを明確に語っている[21]。「かわいい野生動物」を家庭動物と切り離したまま見せる、という線引きがそこにある。
珍しい動物を集めること自体が目的なのではない。「なんだこいつ?」から始まる好奇心を、展示の入口として使えるということだ。なお、佐藤が意図的に珍獣を集めたと書ける一次資料はない。ここは、現在の那須・神戸の独特な動物ラインナップを展示思想の帰結として読む、筆者の解釈である。
7. 震災で、担当範囲が「事業継続」にまで広がる
一拠点であることのリスク
2011年の東日本大震災と福島第一原発事故により、那須どうぶつ王国は約1カ月半休業した。佐藤は餌代と人件費を確保するために奔走することになる[22]。
ここで彼が認識したのは、一拠点しか持たないこと自体がリスクだ、ということだった。
一つの施設が止まれば、収入も止まる。収入が止まれば、餌代が払えない。そして場合によっては、動物の避難先すらない。
だから第二拠点を持つ。
この判断の中では、経営上のBCP(事業継続計画)と動物福祉が、まったく同じ問題として扱われている。収益の分散と、動物の避難先の確保が、同じ一つの理由になっている。
そして、関西で第二拠点を探すことになる。
8. 経営破綻した神戸花鳥園を拾う
二度目の「既存施設の引き受け」
2014年、佐藤は民事再生中だった神戸花鳥園を引き継ぎ、神戸どうぶつ王国として開業する[23]。
ここでもゼロから作っていない。
巨大な温室がある。植物がある。鳥類がある。近距離で見せる展示構造がある。そして神戸・大阪・京都という巨大な市場が近い。
「失敗した施設」を、使える資産と失敗した事業モデルに分離して見ている。
那須で一度、赤字施設を引き受けて再建した経験があるからこそできた判断とも言える。
そこへ、那須で蓄積した飼育・展示・ショー・保全のノウハウを投入する。結果として、リニューアル後の入場客は神戸花鳥園時代の2.5倍になったと語られている[7:1]。
この時点で佐藤は、飼育員であり、経営者であり、事業再生者になっている。なお余談だが、彼は出張が非常に多く、クラウド会計を使って遠隔から経営数字を確認していたそうだ[7:2]。
9. それでも担当範囲は止まらない
自分の二つの動物園さえ良くすれば終わり、にはならなかった。
佐藤は日本動物園水族館協会(JAZA)の生物多様性委員長、野生動物保全繁殖研究会の会長、日本飼育技術学会の副会長を務めていた[4:2]。
2018年には、那須高原リゾート開発株式会社・代表取締役佐藤哲也としてライチョウ保護増殖事業の認定を取得し、2022年にはツシマヤマネコ保護増殖事業の認定を取得している[1:1]。那須の保全事業は、園の自主活動ではなく、種の保存法に基づく国の保護増殖事業として制度に組み込まれていた。
2019年の環境省中部地方環境事務所のライチョウ保護増殖検討会には、JAZA生物多様性委員長として参加している[24]。環境省、自治体、業界団体、各動物園が協働する枠組みの中に、彼は当事者として立っていた。
同じ2019年には、神戸・那須・旭山・豊橋・福岡・平川など複数の園が共同するボルネオ保全プロジェクトのシンポジウムも開かれている[25]。「野生への扉」は、国内の展示だけでなく海外の生息地保全にまで届いていた。
自分の動物園 → 他の動物園 → 動物園業界 → 野生環境。
飼育員の「担当範囲」が、こうして広がっていく。
10. 「頼られると、猛烈にやる人」
「仕事に対しては非常に厳しい方で有名」
人物像についての証言は、かなり一致している。
神戸市立王子動物園のスタッフブログでは、約40年前から佐藤の指導を受けていた関係者が、仕事に対しては非常に厳しい人間として有名だった、と書いている。同時に、動物・動物園・人への愛情が強く、多くの後輩職員から慕われ、保全活動に率先して行動した人物だったとも記している[26]。
完成直前の新しい展示に対して、スタッフに「0点」と言い切る場面も取材で記録されている[15:1]。
他園が困れば動く
日立市かみね動物園の公式ブログの追悼記事には、他園が困った際に佐藤へ相談していたこと、彼が人脈を使って動物の移送や導入を迅速に進めたこと、ライチョウの野生復帰に強く関与していたことが記されている[27]。
厳しい。しかし逃げない。
ここから見えてくるのは、「お前がやれ」と要求する人ではなく、「俺もやる。その代わりお前もやれ」というタイプだった可能性だ。
要求水準は高い。しかし本当に困った局面で、自分は退かない。
だから厳しいことで知られながら、多くの後輩や同業者から慕われたのではないか——ここは資料に直接書かれた事実ではなく、証言から筆者が組み立てた解釈である。
11. 経験範囲が広いから、見える問題の範囲も広い
佐藤のキャリアから得られる示唆で、いちばん大きいのはここだと思う。
飼育しか知らなければ、「もっと良い飼育環境が欲しい」で止まるかもしれない。
経営しか知らなければ、「もっと来園者を増やしたい」になるかもしれない。
彼は両方を経験している。さらに、会社経営、受託運営、事業再生、震災対応、行政との協働、業界団体の運営、野生復帰、海外の生息地保全まで経験した。
だから、こういう解が出てくる。
良い飼育には金がいる。金には客が必要だ。客には面白い展示が必要だ。しかし動物に負担をかけてはいけない。なら、動物本来の行動そのものを面白く見せればいい。そしてその興味を保全につなげればいい。
これは知識の広さというより、経験した責任範囲の広さから生まれた視野だったのではないか。
知識は本で増える。しかし「その問題が最終的に自分の責任になる」という経験は、本では増えない。
責任を負った範囲だけが、その人にとって「見える問題」になる。
12. 「飼育員から経営者になった人」ではない
佐藤哲也を、飼育員から経営者へ転身した成功者として説明すると、たぶん本質を取り逃がす。
彼は飼育員をやめて経営者になったのではない。飼育員のまま、
+飼育部門責任者
+起業家
+施設運営受託者
+動物園経営者
+事業再生者
+展示設計者
+保全実務家
+業界団体のリーダー
と足していった。晩年には、那須と神戸の両園長、AES代表取締役、JAZA生物多様性委員長、野生動物保全繁殖研究会会長、日本飼育技術学会副会長を同時に担っている[4:3]。2015年時点で「動物関連事業経験37年」と自己紹介していた[5:1]。
そして同じ時期に、顕微鏡を覗いて糞便を確認し、引退した動物の最期を自宅で世話していた[6:1]。
彼が最後まで使った「飼育係魂」という言葉は、単なる謙遜ではなく、この奇妙な足し算のキャリアをかなり正確に言い当てている。
動物をちゃんと飼いたかった。そのために必要な仕事を引き受け続けた。気がつけば、その「飼育環境」は一つの獣舎ではなく、日本の動物園業界全体にまで広がっていた。
2024年3月7日、認定希少種保全動植物園等の一覧における神戸どうぶつ王国の代表者が、佐藤哲也から永田雅寛へ変更されている[28]。那須の「保全の森」では、今もツシマヤマネコやライチョウを組み込んだ保全展示が続いている[20:1]。
制度と施設は残った。では、思想はどこまで残るのか。それは今後の那須と神戸が答えることになる。
☕️よかったらコーヒー一杯。 https://buymeacoffee.com/mink_obs
著:霧星礼知(min.k) / リサーチ・構造支援:Claude Sonnet 4.6、ChatGPT / AI-assisted / Structure observation
For international readers
Tetsuya Sato began his career as an ordinary zookeeper at Gunma Safari Park, later becoming head of animal husbandry at Himeji Central Park. In 1999 he founded Animal Escort Service, a company providing husbandry, animal transport, training, and facility operation. In 2006 he took over Nasu Highland Resort Development — a struggling third-sector company from which the trading house Marubeni had explicitly announced its withdrawal, and which carried liabilities exceeding assets by 19.2 billion yen. In 2014, after the Great East Japan Earthquake exposed the risk of operating a single site, he acquired the bankrupt Kobe Kachoen and reopened it as Kobe Animal Kingdom.
His exhibit philosophy connected animal welfare, natural behavior, entertainment, education, and conservation in a single chain rather than treating them as trade-offs. He later chaired the Biodiversity Committee of JAZA and led nationally certified breeding programs for the Japanese rock ptarmigan and the Tsushima leopard cat.
This essay argues that Sato was not someone who "switched" from keeper to executive. He remained a keeper while adding management to his job — expanding his scope of responsibility outward, from a single animal enclosure to the entire Japanese zoo industry, because that was what properly caring for animals required.
Keywords
Tetsuya Sato, Nasu Animal Kingdom, Kobe Animal Kingdom, zookeeper, zoo management, Animal Escort Service, Marubeni, business turnaround, JAZA, species conservation, Pallas's cat, sand cat, Japanese rock ptarmigan, Tsushima leopard cat, exhibit design, animal welfare, scope of responsibility, career theory
佐藤哲也、那須どうぶつ王国、神戸どうぶつ王国、飼育員、動物園経営、アニマルエスコートサービス、丸紅、事業再生、JAZA、希少種保全、マヌルネコ、スナネコ、ニホンライチョウ、ツシマヤマネコ、展示設計、動物福祉、担当範囲、キャリア論、神戸花鳥園、那須高原リゾート開発
脚注
環境省「確認・認定について」 https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/kakunin.html (2018年ライチョウ、2022年ツシマヤマネコの保護増殖事業認定。申請者は那須高原リゾート開発株式会社・代表取締役佐藤哲也) ↩︎ ↩︎
那須どうぶつ王国「動物施設」 https://nasu-oukoku.com/?page_id=1561 ↩︎
那須町「町のあゆみ」 https://www.town.nasu.lg.jp/0226/info-0000000810-1.html ↩︎
READYFOR「動物園・水族館のこれからを考える」登壇者プロフィール(2023年) https://cfevent.readyfor.jp/animal/230221 ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
公益社団法人Knots「第4回 神戸 全ての生き物のケアを考える国際会議2015」佐藤哲也プロフィール(2015年1月21日) https://knots.or.jp/2015/01/profile/ ↩︎ ↩︎
MBS/TBS NEWS DIG 密着取材(3ページ目) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/485955?page=3 ↩︎ ↩︎
TKC「株式会社どうぶつ王国 様」佐藤哲也インタビュー(2015年) https://www.tkc.jp/fx4/case/201501_01 ↩︎ ↩︎ ↩︎
株式会社アニマルエスコートサービス「2024年度大学新卒求人票」(2023年) https://a-es.jp/wp-content/uploads/2023/07/2024年度 求人票- 大学新規学卒の方はこちら.pdf ↩︎
丸紅株式会社「平成17年3月期決算に関する補足資料」(2005年4月26日) https://www.marubeni.com/jp/dbps_data/material/maruco_jp/data/news/2005/pdf/nl050426c.pdf ↩︎
丸紅株式会社「2005年度中間決算について」(2005年10月28日) https://www.marubeni.com/jp/dbps_data/material/maruco_jp/data/news/2005/pdf/nl051028d.pdf ↩︎
丸紅株式会社「第82期 有価証券報告書」(2006年6月23日提出)。閲覧URL https://kabupro.jp/edp/20060623/0060DGMT.pdf (債務超過額19,244百万円は那須高原リゾート開発株式会社のものであり、那須どうぶつ王国単体の赤字額ではない) ↩︎
丸紅株式会社「平成19年3月期 中間決算短信」(2006年10月27日) https://www.marubeni.com/jp/dbps_data/material/maruco_jp/data/news/2006/pdf/061027b.pdf ↩︎
再春館製薬所「神戸どうぶつ王国|私らしく。」(2023年3月30日) https://www.saishunkan.co.jp/goodaging/story/023/ ↩︎
OZmall/OZmagazine「動物園でしか出会えない。希少な野生の猫たち!」(2021年2月12日) https://www.ozmall.co.jp/ozmagazine/article/26870/ ↩︎
MBS/TBS NEWS DIG「こだわるのは『野生の姿』…念願の新エリア完成もスタッフに『0点や』と厳しくダメ出し」(2023年5月15日) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/mbs/485955?page=2 ↩︎ ↩︎
那須どうぶつ王国「アジアの森」 https://nasu-oukoku.com/?p=3991 ↩︎
那須どうぶつ王国「熱帯の森」 https://nasu-oukoku.com/?p=1581 ↩︎
那須どうぶつ王国「ウェットランド」 https://nasu-oukoku.com/?p=1592 ↩︎
再春館製薬所「神戸どうぶつ王国|私らしく。」(2023年3月30日) https://www.saishunkan.co.jp/goodaging/story/023/ ↩︎
那須どうぶつ王国「保全の森」 https://nasu-oukoku.com/?p=3741 ↩︎ ↩︎
FRIDAY「『砂漠の天使』スナネコをペットにできない本当の理由」(2020年10月29日) https://friday.kodansha.co.jp/article/142241?page=1 ↩︎
神戸新聞「3・11の経験が土台、コロナ禍の逆境再び糧に 神戸どうぶつ王国」長尾亮太(2021年2月28日) https://www.kobe-np.co.jp/news/odekake-plus/news/detail.shtml?url=news%2Fodekake-plus%2Fnews%2Fpickup%2F202102%2F14116353 ↩︎
MBS/TBS NEWS DIG(2023年5月15日) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/mbs/485955?page=2 ↩︎
環境省中部地方環境事務所「平成30年度ライチョウ保護増殖検討会」(2019年) https://chubu.env.go.jp/shinetsu/H30hogozo1.pdf ↩︎
ボルネオ保全プロジェクト シンポジウム(2019年11月19日) https://kyodonewsprwire.jp/release/201911193672 ↩︎
神戸市立王子動物園スタッフブログ(2024年6月5日) https://www.kobe-ojizoo.jp/blog/19772/ ↩︎
日立市かみね動物園公式ブログ「佐藤さんを偲んで」(2024年5月26日) https://kaminezoo-officialblog.hatenablog.com/entry/2024/05/26/144801 ↩︎
環境省「認定希少種保全動植物園等の一覧」 https://www.env.go.jp/nature/kisho/doshokubutsuen-list_00006.html ↩︎